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ハン・ガンさん「少年が来る」どんな本? 光州事件を描いた韓国のノーベル賞作家の代表作

「少年が来る」あらすじ

 『少年が来る』は韓国の作家ハン・ガンさんによる小説です。2014年5月に韓国で出版した。2016年10月に邦訳が刊行されました。

 1980年に韓国の光州で起きた戒厳軍による民主化運動の弾圧(光州事件、5・18民主化運動)。殺害された人々の消息や、生き残った人たちのその後の姿などを描き、今もなお影を落とす事件に向き合っています。

光州民主化抗争から約三十五年。あのとき、生を閉じた者の身に何が起きたのか。
生き残った者は、あれからどうやって生きてきたのか。
未来を奪われた者は何を思い、子どもを失った母親はどんな生を余儀なくされたのか。
三十年以上の月日を経て、初めて見えてくるものがあるーー。
丹念な取材のもと、死者と生き残った者の声にならない声を丁寧に掬いとった衝撃作。少年が来る(『소년이 온다』日本語版) - CHEKCCORI BOOK HOUSE

バスを並べて封鎖した道路で抗議活動をする市民=1980年5月20日、韓国・光州、青井捷夫撮影

「少年が来る」で描かれた「光州事件」とは?

 光州事件は韓国南西部の光州で1980年5月、市民の民主化運動を軍が武力で弾圧した事件で、「5・18民主化運動」などとも呼ばれています。

 韓国内に民主化の機運が高まっていた80年5月17日、全斗煥(チョンドゥファン)氏らを中心とする陸軍の少数強硬派が戒厳令を全国に拡大し、金大中氏ら野党の有力政治家、学生運動の指導者らを拘束した。金大中氏の基盤であり、激しいデモの起きていた全羅南道の中心都市・光州には戒厳軍を派遣、翌18日に全南大学の学生らによる抗議デモを弾圧した。
 5・18記念財団によると、04年現在で死者207人、負傷者2392人が判明しており、その他多数の行方不明者などがいる。95年に「5・18民主化運動等に関する法律」が制定され、全斗煥、盧泰愚の両元大統領が事件に関して有罪判決を受けた。韓国では5・18光州民主化運動、光州民主(民衆)抗争などと呼ばれている。朝日新聞2008年03月25日付朝刊「(歴史は生きている 最終章 韓国・台湾の民主化:下)光州と高雄、響き合う東アジア」

デモ隊が制圧された翌日、光州の市街地を進む戒厳軍の戦車。自転車や徒歩で行き交う市民の姿もあった=1980年5月28日、青井捷夫撮影

「少年が来る」プロはこう読んだ

 詩人・作家の蜂飼耳さんは「好書好日」に掲載された朝日新聞書評で、以下のように「書き手としての誠実さ」を評価しました。

 市民に対する弾圧が描かれる。表現の容赦のなさは、現実に人々に加えられた容赦のなさに対する想像力の延長にあるものといえる。戒厳軍の銃撃、拷問、死。読んでいてつらい。
 けれど、いうまでもなく、幸せや口当たりのよい言葉だけを語るのが小説ではないことは、小説の歴史を見ればわかる事実だ。抑圧された声や理不尽に抹殺された声に重なり、言葉による新たな視点の構築を試みる方向も、小説という言語表現に備わる性格と機能だ。ハン・ガンは、まだ子供だった頃に身のうちに打ちこまれた出来事と向き合い、小説という方法と一体となり、書き進めた。ここには書き手としての誠実さがあると思う。「少年が来る」書評 弾圧された人々の傷ひとつずつ

 山口県岩国市の書店「ヒマール」の辻川純子さんは、以下のように評しています。

1980年5月、地方都市・光州で実際に起きたこと。軍事独裁政権下で、大勢の市民が自国の軍隊に虐殺され、警察に逮捕されて拷問を受けた。民主化を求めるデモに参加した人とは限らない。ただそこにいただけの、少年少女も無惨に殺された。その日命を奪われた少年の魂の声を聞き、生き残った人、子どもを失った母親がその後どう生きねばならなかったのかを知る、それが小説『少年が来る』だ。言うまでもなく、読むのは苦しい。本の中で、話したくない当時のことを聞かれるうちに「つまり人間は、根本的に残忍な存在なのですか?」と逆に問うてくる人がいる。その問いに、読者として「違う」と即答できない世界に今いることが、この小説を読むことをもっと苦しくする。それでも、だからこそ、読まれてほしいと強く願う。「好き」もどうかと思うし笑顔では言わないけれど「一番好きな本」だ。ノーベル文学賞ハン・ガンさん 今から読みたい書店員オススメの7冊

ハン・ガンさん=2024年4月30日、チェ・スンド氏撮影

ハン・ガンさんが語る「少年が来る」のテーマとは

 2024年10月、ハン・ガンさんはノーベル文学賞をアジアの女性作家として初めて受賞しました。

 スウェーデン・アカデミーは授賞の理由について、「作品のなかで、過去のトラウマや、目には見えない一連の縛りと向き合い、人間の命のもろさを浮き彫りにした」と説明。「彼女は肉体と精神のつながり、生ける者と死者のつながりに対して独特の意識を持っており、詩的かつ実験的な文体で、現代の散文における革新者となった」と発表しました

 ハン・ガンさんは2024年12月7日(現地時間)、スウェーデンのストックホルムで受賞記念演講演に臨み、『少年が来る』の構想の経緯とテーマについて、以下のように解説しました。

 1980年1月に家族とともに光州を離れ、4か月もしないうちにそこで虐殺が起きたとき、私は9歳だった。その後何年かが流れ、本棚に逆さまに立ててあった『光州写真集』を偶然に見つけ、親に黙って読んだときは12歳だった。クーデターを起こした新軍部に抵抗したため、棍棒や銃剣によって、また銃撃で殺害された市民らと学生らの写真が載っている、当時の政権の徹底した言論統制によって歪曲された真実を証すために遺族らと生存者らが秘密裡に制作し、流通させていた本である。幼い私はその写真の政治的な意味を正確に理解することができなかったから、それらの損壊された顔はひたすら、人間への根源的な疑問として自分の中に刻み込まれた。人間は人間にこういうことをするのか、と私は考えた。と同時に、別の疑問もあった。同じ本に載っていた、銃による負傷者に血を分け与えるために大学病院の前に果てしない行列を作っている人たちの写真だった。人間は人間にこういうことをするのか。両立するはずがないと思える二つの問いかけが衝突し、解けない謎となった。(中略)

 人間はなぜこれほど暴力的なのか? そして同時に、人間はなぜあれほど圧倒的な暴力に真っ向から立ち向かうことができるのか? 私たちが人間という種に属している事実はいったい何を意味するのか? 人間の残酷さと尊厳の間を、二つの崖を結ぶ存在不可能な空中の道を進むためには、死者たちの助けが必要だった。この小説の主人公である幼いトンホが母の手を力いっぱい引いて、光の指す方へと歩いていったように。

「君」あるいは「あなた」と二人称で呼ばれた瞬間、薄闇の中で目覚めた少年が、魂の歩き方で、現在に向かって近づいてくる。どんどん近くまで歩いてきて、現在になる。人間の残酷さと尊厳が極限の形で同時に存在した時空を光州と呼ぶとき、光州はもはや一つの都市を指し示す固有名詞ではなく普通名詞になることを、私はこの本を書いている間に知った。それが時間と空間を越え、何度でも私たちのところに戻ってくる現在形であることを。まさに今、この瞬間にも。ハン・ガン ノーベル文学賞受賞記念講演「光と糸」

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