インタビューを音声でも!
好書好日編集部がお送りするポッドキャスト「本好きの昼休み」でも、篠原さんとCOOKIEHEADさんのトークをお聴きいただけます。以下の記事は、音声を要約・編集したものです。
NYの個性的な独立系書店
■ Yu & Me Books
――おすすめの独立系書店を教えてください。
まず、マンハッタンのチャイナタウンに位置していて、アジア系アメリカ人の女性が経営する「Yu & Me Books」というお店です。アメリカ国内のアジアにルーツを持つ著者や、アジアの著者から発信される声に特化しています。
――「Yu & Me Books」は日本文学や韓国文学も多いですね。特にコロナ禍の第一次トランプ政権の頃、アジアンヘイトが広がった中では、重要な拠点になったのではないかと思います。残念ながら火事があって一時閉店していましたが、クラウドファンディングが行われ、NY在住の韓国系アメリカ人の作家ミン・ジン・リーなども金銭的にサポートしていたことが印象的でした。
おっしゃる通りですね。「Yu & Me Books」は、書店を超えたみんなのコミュニティー・スペースとして、欠かせない場所だと思います。悲しい記憶ではありますが、コロナ禍でアジアンヘイトが急増した時に、アジア系の人たち、なかでも女性や年配者は特に、言葉などによるハラスメントにくわえ物理的な暴力のターゲットとなりました。NYでは死亡事件も数件発生しました。攻撃の対象になるという辛い現実を前にすると、ひとりでは屈折してしまったり、当事者自身がレイシズムを内面化してしまう可能性もありますが、そんな時に 「Yu & Me Books」のようなスペースは重要でした。
自分たちは弱いわけじゃない。でも社会は私たちマイノリティを弱いものにする。だから弱いものとされるみんなで、痛みを癒しあおうとしていました。その上で、私たちは強いも弱いもなく、生きているんだというメッセージがあった。そういうメッセージを発する書籍を紹介したり、イベントを開催したりしていました。「Yu & Me Books」に助けられた人はきっと数多くいて、私もその一人です。
だからこそ、「Yu & Me Books」が火事の被害で苦しんでいた際、支援が多く集まり相互的な関係性が強化されていったのは、この書店が形成するコミュニティーが持つ力の証しのようにも感じます。
■ Mil Mundos Books
「Yu & Me Books」と似た形で、書籍や著者の文化背景を重視している書店として、ブルックリンのブッシュウィックにある「Mil Mundos Books」もあります。ヒスパニック系を中心に有色人種の人々の経験・レジリエンスに特化しています。それに関連したいろんなイベントを開催していて、小さいながら活発な本屋さんです。
訪れると、議論や意見交換、市民活動に熱心な若者たちが集まっているのをよく目にします。地域での動きの拠点になっている印象を受けますし、書店側もそれを歓迎し、応援している関係性がうかがえます。生き生きとしていて、この街の草の根のエネルギーを感じられる場所です。
■ The Nonbinarian Bookstore
また、ジェンダーの観点では、2022年にオープンした「The Nonbinarian Bookstore」という書店が、ブルックリンのクラウンハイツにあります。その名前の通り、オーナーがノンバイナリー自認の方で、クイアネスに特化した様々な書籍を揃えたり、イベントを開催したりしている場所です。
――トランプ政権がバイナリー(男女二元論)的な考えに陥る中、そのメッセージ自体が非常に重要になっていますね。
実は自転車による移動書店としてスタートしたお店で、LGBTQIA+、さらにはそのなかでも黒人や有色人種、若年層など、社会においてより交差性を持ち周縁化されやすい人々に、無料で本を届ける活動をしてきています。実店舗の訪問者は、自分用の本だけでなく、無料配布されるための本も購入できます。それを寄付するという形でこの活動に参加できるんです。つまりその購入は、自分の手元には残らないものの、誰かに届く。また、ボランティアとして活動を支えることも可能です。
マイノリティーの視点に立った書店や書籍を通してできる、ささやかだけれど確かな支援の形。ジェンダーやセクシュアリティーをめぐるバックラッシュが起きている今だからこそ、その尊さがいっそう際立ちます。
■ Bluestockings Cooperative
最後にマンハッタン・ローアーイーストサイドの「Bluestockings Cooperative」という書店もすごく興味深いです。
「ブルーストッキング(青い靴下)」は、18世紀の英国に存在した女性が参加できた文芸サロンの名前でした。平塚らいてうや伊藤野枝が刊行した雑誌「青鞜」と同じルーツを持つ言葉です。女性をはじめとした、様々なジェンダーの解放運動に関する声を集めています。セックスワークにまつわる書籍もたくさん揃えています。
店名の通り「コーポレイティブ」であることも、非常に類まれなポイントです。1999年にオープンしたんですが、2021年からは従業員所有型の経営になりました。日本語の「コープ」という言葉がピンとくるかもしれません。書店に関する様々な意思決定に関して、従業員たちが分散した形で決定権を持っています。そういう経営スタイルもユニークですね。それゆえ、脱資本主義や脱格差社会に関する本も豊富で、この書店でそういった書籍を買うことにはより重みを感じます。
コミュニティーの重要な拠点、イベントも多彩
――NYの独立系書店はどのような特色がありますか。
多様性を軸にした専門性を持った書店が多くあります。政治色やイデオロギーを明確にするところが多い印象です。それは選書やイベントに表れているだけでなく、書店という拠点から訪問客へのコミュニケーションとして、メッセージを伝える側面が強いように感じています。
個人的に特に胸を打たれるのは、なぜ書店が政治やイデオロギーを示す必要があるのか、その理由が共有されている点です。「書」とは、歴史や科学、個人の経験や思い、またはアートやカルチャーに触れるうえで欠かせないものであり、それらは私たちの意思決定や価値観形成に大きな影響を与えます。「本」は商品であるとはいえ、「書」を扱う場でもある書店は、経済や市場の論理にただ従うのではなく、民主主義を支え、守る空間としての役割も担う——それを自覚している姿勢が強く伝わってきます。
――独立系書店ではいろんなイベントが開催されているようですね。
新刊著者のトークショー、サイン会、お話会や朗読会、読書会などが頻繁に行われています。それは日本の書店とも似ていますね。ニューヨークでは、多様性の観点で似た背景を持つ複数の著者が、一緒に登壇する機会が多いように感じています。例えば、アジア系の人々に着目したとしても、東アジアから西アジアまで本当にたくさんの人たちがいて、言語も宗教も文化背景も非常に多様なんです。さらに、ジェンダーやセクシュアリティーなどの交差性も加わります。そうした中でそれぞれの経験を語り合うことは、一枚岩だと思われがちな一つひとつのマイノリティー・コミュニティーについて理解する上で非常に重要なことだと思います。属性や文化背景に特化した書店だからこそできる、繊細で誠実なやり方とも言えます。
あと最近よく目にするのは、一風変わった読書会であるクワイエット・リーディング、サイレント・リーディングと呼ばれるものです。読書会というと、特定の本をみんなで読んで、それについて議論を交わすことを想像するかもしれません。でもそうではなく、参加者それぞれが自分の好きな本を持ち寄って、静寂の中で1、2時間ほど読むんです。
一般的に読書はどうしても孤独な営みだとされていますが、それをもっとフリースタイルに、みんなで一緒に本を読んでみる。その後、同じような本に興味を持っている人と交流を広げたりします。それが書店をはじめ、カフェや公園などのさまざまな場所でも行われています。時間の限られた忙しい生活の中で、読書に新たな層を見出す楽しみ方が広がっているのは、すごく面白いと思っています。
大型書店が衰退、独立系が復活
――なぜ、NYの独立系書店は活発なのでしょうか。
まずこの数十年を振り返ると、90年代には総合的なジャンルの本から文房具やギフトまで買える大型書店が台頭していました。ニューヨークを舞台にしたアメリカ映画「ユー・ガット・メール」(1998年)にはそれが描かれています。トム・ ハンクスが主演の映画なんですが、 メグ・ ライアンが演じる女性は母親から小型の児童専門書店を引き継いでいました。しかし、近所に総合的なチェーン展開をしている大型書店がオープンするため、ピンチになるという状況が映し出されます。
そのように、90年代は大型書店が店舗展開をどんどん拡大し、地元で細々と経営する小型書店が残念ながら廃業に追い込まれた時期でした。しかし、2000年代に入ってからはインターネットが人々の生活に浸透しました。そこではAmazonの存在によって、今度は大型書店が窮地に立たされることになりました。特に2010年代に入ってからは、会社自体が経営破綻してしまった書店がたくさんあります。
2020年以降の新型コロナウイルスによるパンデミックを経て、2022~2023年の2年ほどで、小型書店・独立系書店が復活を見せてくるようになりました。アメリカでは、新しく書店を開業する場合は、全米書籍業協会に登録するのが一般的なんですが、その2年間に300近くのお店が新規登録されたと言われています。
その理由はさまざまなメディアで分析されていますが、大きくは三つあるようです。ひとつはパンデミックによって、自分たちの生活や価値観が見直されたこと。そして、文芸を通した多様性のある独自な表現に対する関心が高まったこと。また、パンデミックとも関係することですが、地域のコミュニティーに支えられた商店や書店などのスモールビジネスが復活したことです。
そして追加的にはなりますが、数は大幅に減ったものの、生き残っている大型書店も新たな形を模索しています。地域性や顧客層にあわせた選書や店舗づくり、従業員の長期的な育成などを重視し、今求められる書店のあり方を実現しようと取り組んでいるようです。今後も注目していきたいです。