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石井健介さん「見えない世界で見えてきたこと」インタビュー 新しい人生、楽しむ視点

石井健介さん

 ある朝、目を覚ましたら目が見えなくなっていた。

 そんな「小説のような出来事」が自分の身に起きたのは2016年、36歳のときだった。フリーランスでPRや営業の仕事をし、娘は3歳半、息子は生後3カ月。多発性硬化症により一夜にして視力をほぼ失ってからの9年間を、エッセーにつづった。

 病院のベッドでひざを抱えて泣いた。自分なんていないほうがいいと思い詰めた。だが、暗闇にも光があった。看護師の明るい声、友人知人から届いた多くのメッセージ。そして入院仲間の「愉快なおじさんたち」の存在だ。

 何かと気にかけてくれるのに、斜に構える元来の性格から当初は心を閉ざしていた。だが、「やさしさに触れ、かっこつけてる自分がダサいと見方が変わった。ガードを解いてみたら驚くほどラクで、目の前が一変しました」。

 どん底まで潜り、もがき、少しずつ浮上していく心の動きを、淡々と軽やかに、時にユーモアも交えて描いた。

 退院後も何度もつまずく。無邪気に「絵本読んで」と甘える娘を「ごめん、できないんだ」と遠ざけた場面は切ない。だが、妻の言葉に奮起して「できる」と視点を切り替え、新しい世界で挑戦や工夫を重ねる姿はどこかコミカルで、読む側も楽しくなる。

 泣くことを自分に許した。「僕が泣くと、幼い娘が『泣きたいときは泣けばいいんだよ』と肩をたたいてくれて。かつて、娘が泣くと僕がかけていた言葉でした」。人を頼ることも、見えていたころは発想すらなかったと話す。

 21年から、ブラインドコミュニケーターとして、見えない人と見える人をつなぐためのワークショップや講演、メディア発信をしている。記事を目にした編集者から本の執筆を依頼された。

 テキストを打ち、読み上げ機能を使って確認。昨夏から半年で7万字を書き上げた。絶望からの日々を言葉にしながらあふれたのは、つらさでなく、出会った人や言葉へのうれし涙。大好きな本などの引用もちりばめた本書を、「読み物として、面白かったなぁと思ってもらえたら一番うれしいです」と話す。(文・田中陽子 写真・岡田晃奈)=朝日新聞2025年8月16日掲載