- 『裸のランチ 完全版』 バロウズ著 鮎川信夫訳 山形浩生改訂 河出文庫 1540円
- 『皆のあらばしり』 乗代雄介著 新潮文庫 572円
- 『歌の祭り』 ル・クレジオ著 管啓次郎訳 岩波文庫 1155円
人間の想像力は尽きない。あらゆる制約や、常識とされるものから解き放たれた地点を描くことが、文学の醍醐味(だいごみ)の一つである。
(1)は、アメリカ文学史において重要なビート・ジェネレーションを代表する作品。麻薬中毒者の意識の流れをカットアップという偶発性を用いた手法によって表し、文学表現の可能性を高めた。文学は善のみを表すのではない。ときに悪を克明に描くことによって、人間社会への警鐘となる。特に、若い読者に薦めたい。失敗し続けてもなお、あてどなく探し歩く本書に現れる人間の姿を思うと、心許(こころもと)ない人生という旅路が少しだけ明るくなるだろう。思考の成熟こそが大人の要件ではなく、大人もまた迷い続けている。
(2)も、探し求める作品である。小説は、なんらかの謎を生み出し、提示し、読者と共有することによって、作品世界を構築する。本書に登場する大人のある種の胡散臭(うさんくさ)さは、リアリティという視点を現出し、現実への批評としても機能する。フィクションもまた、細やかな事実の積み重ねによって成るものと知る、優れた小説である。
(3)は、アメリカ先住民族の文化に触れた感慨を抒情(じょじょう)ある文体で表した一冊。人間の集うところに生活がうまれ、生活を営むところにやがて文化は興る。祭祀(さいし)によって、あるいはことばによって、日々は紡がれてゆく。彼らの眼差(まなざ)しから、過去を知ることが、今を生きることに通じ、未来を想起させることを知る。想像力とは、生き抜く力であると思わせる三冊だ。=朝日新聞2025年8月30日掲載