三原和人「宙飛ぶバイオリン」 謎の少女めぐるSF音楽劇開幕
吉田良雄という名前からして平凡な少年と謎めいた少女・天野テセラの出会いから物語は始まる。かつて同じ教室に通う年下の天才少女に圧倒され、好きだったバイオリンが弾けなくなってしまった良雄は音楽の授業も苦痛に感じていた。しかし、そこで先生に指名されて歌うテセラに目を奪われる。あんな子、昨日まではいなかったはずなのに周囲は誰も気にしない。思わず下校する彼女のあとを追った良雄は、奇妙な無人の団地にたどり着く。
その屋上で彼が遭遇する超次元的事象の描写にまず驚嘆。ひとつ間違えば不気味になるテセラの異質さも、むしろ無垢(むく)な印象を与えている。田舎町のボーイ・ミーツ・ガールが、いきなり宇宙規模に膨張するさまは壮観だ。
キーアイテムはボイジャー探査機に積まれたゴールデンレコード。「人間はこの船にキミたちの音楽や言葉を記録したレコードを積んだ/それはなぜだろう?」とテセラは問う。音楽はいかにして生まれたか。どういう音が人を惹(ひ)きつけるのか。過去作で数学や能(猿楽)をテーマとした作者が今回は音楽に挑む。メリハリの効いたコマ割りと構図、明快な線で描かれる音像と感情と風景は絶品。新しくも懐かしい異色のSF音楽劇の幕が開いた。=朝日新聞2025年9月6日掲載