- 『「進歩」を疑う なぜ私たちは発展しながら自滅へ向かうのか』 スラヴォイ・ジジェク著 早川健治訳 NHK出版新書 1375円
- 『なぜ社会は変わるのか はじめての社会運動論』 富永京子著 講談社現代新書 1100円
AIの進化がもたらす資本主義のその先、テクノ加速主義は進歩を掲げひた走る。ジジェクは(1)で進歩は抑圧と搾取を伴い、犠牲となる「つぶれた鳥」を生み続けると説く。もうつぶれた鳥を生みたくない、目が潰れるような現実を直視せよ。ジジェクならではのニヒリズムは、露のウクライナ侵攻やガザの虐殺によって悲壮感の影が濃くなっている。世界規模の核戦争とキャンセルカルチャー問題が並列に並び、危機感がバグを起こす「真の狂気」の世界。
世界はホログラムだという指摘に膝(ひざ)を打つ。ホログラムとは遠くの二次元から映される三次元。矛盾し相反する可能性が現在に書き込まれるからこそ観測点によって世界は同時に別のものとして存在する。「つぶれた鳥」の側では世界は別様だ。過去は過ぎ去っていない、遠くの出来事はいま目の前にある。崩壊の予感さえ抱く世界に、少しでも異なる方角を示すには? 強烈な絶望から始まる、うめき声のような宣誓だ。
(2)は社会運動への参加を促すのではなく、運動を「視(み)る」見地。社会運動への視点も固定観念に捉(とら)われてきた。例えば運動には目的があり、達成できないと失敗した、という評価で終わる。が、実は社会運動は日常に転がっている。オーバーサイズの服が流行(はや)るのも、「主人」と言わないのも社会運動だろう。著者に導かれ社会を「視て」みれば、どの人もすでに社会運動していると、そっと背中を押される。=朝日新聞2025年9月6日掲載