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コミュニティの不穏な空気が炙り出される「ホワイトハートの殺人」 若林踏が薦める文庫この新刊!

  1. 『ホワイトハートの殺人』 クリス・チブナル著 林啓恵訳 ハーパーBOOKS 1430円
  2. 『本好きに捧げる英国ミステリ傑作選』 クリスチアナ・ブランド他著 マーティン・エドワーズ編 深町眞理子、法村里絵他訳 創元推理文庫 1430円
  3. 『ハウスメイド』 フリーダ・マクファデン著 高橋知子訳 ハヤカワ・ミステリ文庫1408円

 (1)は英国の人気ミステリドラマ「ブロードチャーチ~殺意の町~」の脚本を務めた作者による、小共同体を舞台にした犯人探しの小説だ。美しい海辺の村にあるパブの店主が、牡鹿(おじか)の枝角を頭に括(くく)りつけられた状態で死体となって発見された。大都市リバプールから転属してきたばかりのニコラ・ブリッジ巡査部長は、村の住人たちを調べ事件の真相を暴いていく。奇妙な装飾が施された死体という発端の謎が終始読者の心を捉えて離さない。同時にコミュニティに隠された不穏な空気がどんどん炙(あぶ)り出されていく感覚も見事である。

 英国の作家によるミステリをもっと読みたい方には(2)をお薦めしたい。英国推理作家協会の会長を務め、日本でも「謎の名探偵レイチェル・サヴァナク」シリーズや評論『探偵小説の黄金時代』の著者として知られるマーティン・エドワーズが編纂(へんさん)を務めたアンソロジーだ。本にまつわる優れた短編を集めたものだが、ミステリとしての趣向も読み味もバラエティに富んでいて飽きない。特にクリスチアナ・ブランド「拝啓、編集者様」の凝った趣向には日本の短編ミステリファンも唸(うな)らされるだろう。

 意外な展開に翻弄(ほんろう)されるスリラーがお好みであれば(3)をどうぞ。仮釈放中の主人公ミリーは高級住宅地に住む一家のハウスメイドとして働くことになるが、家族の中に不可解な点が多いことに気付いていく。物語がある地点に到達すると、それまでの光景が鮮やかに反転する様が良い。シンプルだが研ぎ澄まされた驚きを堪能できる。=朝日新聞2025年9月13日掲載