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「共和国における動物」書評 虐待は人間の虐殺への入り口か

評者: 隠岐さや香 / 朝⽇新聞掲載:2025年09月27日
共和国における動物: フランス革命と動物の権利の起源 1789-1802年 (叢書・ウニベルシタス 1183) 著者:ピエール・セルナ 出版社:法政大学出版局 ジャンル:歴史・地理

ISBN: 9784588011832
発売⽇: 2025/05/29
サイズ: 13.5×19.5cm/268p

「共和国における動物」 [著]ピエール・セルナ

 正直に言うと、私は動物の権利にあまり関心が高い方ではなかった。だが、本書の冒頭のシーンに引き込まれた。
 1798年、パリの路上で、馬車から降りた御者が馬を鞭(むち)で虐待していた。そこに通りかかった野菜売りの女が猛然と抗議し、鞭を取り上げてへし折ってしまった。すると身なりのよい男が脇から出てきて女に説教をした。その男は、馬の所有者は所有物に対して何でもしてよいとの意見だった。
 フランス革命は平等を達成した後、虐殺や粛清を経験している。この情景はその直後のものだ。庶民の女は更なる権利向上をまだ信じており、動物への共感を堂々と行動に移した。対して、男は新しい支配原則である所有権を重視した。
 それから間もない1802年、国立学士院という政府機関が動物の権利について広く市民に論文を募った。そして、動物を虐待するのは道徳的に問題か、もしそうだとしたら法を制定する必要があるかというテーマに対し二十数本の論文が寄せられた。本書はそれを分析した歴史研究書である。
 19世紀で既に動物の権利が議論されていたこと、しかも菜食主義のすすめや、生態系の破壊を論じる議論まで展開されていたことに驚かされる。「動物のために革命をやり直そう」と述べた人までいた。
 ただし本書は、動物についての先駆的な議論を探す本ではない。むしろ著者は、動物虐待を人間同士の虐殺や戦争への入り口とみなす先進的な議論に、恐怖政治のトラウマを読み取る。同時に、動物の権利を尊重すべきだと考える論者複数に、下層民や女性を動物に近い存在とみなして管理しようとする保守的な傾向を嗅ぎ取る。
 事実、この懸賞論文のあとナポレオンが政権を確立し、議論を止めてしまうのだ。諸権利は後退し、動物虐待を犯罪とみなす法律は半世紀後にしか実現しない。その事実が重い余韻を残す。
    ◇
Pierre Serna 1963年生まれ。パリ第1大教授。国際フランス革命史委員会委員長も務める。フランス革命史の世界的権威。