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爪切男さん「愛がぼろぼろ」インタビュー 親父に殴られた日々、小説でやっと書けた

爪切男さん=撮影・江藤海彦

小説なら笑い話にしなくていい

――『愛がぼろぼろ』は爪さん初の創作小説。エッセイを中心に執筆をしていた爪さんがなぜフィクションに挑戦しようと思ったのですか。

 これまでも小説の依頼は何度か頂いていたのですが、エッセイでみんなが笑ってくれたり楽しんでくれたりしているのならそれで充分だ、と自分に言い訳して逃げていたんです。でも、前著『午前三時の化粧水』(集英社)で書いたとおり、結婚と四十を過ぎてから関心を持った美容と健康を通じて、自分に素直になりなさいということを教えられて。ちょっとでも小説を書きたい気持ちがあるなら、やるべきだなって思えました。妻と出会ってなければ、この作品は書いてなかったと思います。

――主人公・広海は物心ついたときには母親はおらず、父親からは毎日殴られています。創作でありながら、爪さんと同じ境遇の主人公にしたのはなぜですか。

 エッセイだとどんなつらい話も笑い話にしちゃうんです。読者を楽しませなきゃいけない、最後には読んだ人が元気になるようなオチをつけなきゃいけない、と。でも、小説は架空のキャラに自分の素直な気持ちを代弁してもらえる。それに気づいたとき、これまで無理をして笑い話にしてきた親父との過去に向き合いたいと思いました。妻と新しく家族をスタートさせるためにも、自分の出自である親父との物語は書いておかないと、という気持ちもありました。

 そして、小説でならはじめて書けたんです。親父に殴られて「つらかった」「嫌だった」「悩んでた」って。

――広海はヒゲもじゃでボロ家に住む職業不詳のおじさん・ゴブリンと出会います。なぜ、広海を救う人物を、こういう「変なおじさん」にしたのですか。

 世間的にちゃんとしていると言われるような親戚の人や学校の先生は、父に殴られていた私を助けてくれませんでした。私が頼らなかったのも悪かったんでしょうけど……。でも、夕方からしか現れないようなスナックのお姉さんとか、謎の自作紙芝居を読むおじさんとか、町のやぶ医者とか、偏屈者は私のことを気にかけてくれた。ゴブリンは、殴られていたあの頃に私のそばにいてほしかった人なんです。

 きちんとした人って、正論や答えをスパッと出してくれるので、それが救いになるときもあるんですけど、あの時の私にはそれよりも、ちょっと笑ってくれるとか、一緒にバカやってくれる人が必要だった。正しい答えをもらっても、家に帰ったらまた殴られる世界でしたからね。

やっと親父を恨めるようになった

――ゴブリンは広海に「お話の中でだけでも素直になりや。みんなといて楽しいとか、毎日殴られて辛いとか、死にたいとかな」と言います。これは、爪さんが小説でやっと父親からの暴力を「つらかった」と書けたことと繋がりますね。

 そうですね。私のエッセイを読んだ作家の先輩に「必要以上に笑いに逃げるよね」と言われた時、「笑いの数は多いほうが良くないですか」って尖った若手芸人みたいなこと言い返してたんですけど、そうじゃなかった。本当につらいことは素直に「つらい」と書いて、それでもなにか自然と笑ってしまう、そのおかしみを大事にするべきなんだなって、ようやく気づけました。

――今思うと、なぜそんなに人を笑わせようとしていたんだと思いますか。

 私が笑い話にしているやつは、本当はぜんぶ泣きたいぐらいつらかったこと。それを同じくらいのパワーで逆に持ってかないと、うまく生きていけなかったんでしょうね。

――今回、そのつらさと向き合って書いて、どんな変化がありましたか。

 親父とはこんな過去がありながらも、今まで普通に喋れてたんです。親父も逆にそれが怖かったみたい。あんなにボコボコに殴って育てたのに、なんで息子が普通に接してくるかわからないって、地元の飲み友達に言ってたらしいです。

 でも、この『愛がぼろぼろ』を書いたら、ちょっと今、親父とうまく喋れないんですよ。たぶんそれは、ちゃんと親父を恨んでいいのかなって思えたから。

――「もうこの問題はいいかな」と手放せたというのもあるんじゃないでしょうか。

 どこかで親父に執着してたんだと思います。親父に体調を気遣う電話をかけたり、たまにお金渡したりすることで、なんとか親子でいたかった、縁は切りたくなかったんです。

 この小説で、北斗と南っていう空手の達人の兄妹が出てくるんですけど、じつはその二人にはモデルがいて。大人になってから出会った兄妹なんですけど、「なんでそんなに空手強いんですか」って聞いたら、「親父に暴力振るわれてたから、いつか殺そうと思って」って。それ聞いたとき、私は自分が耐えなきゃ、みたいに思ってたけど、相手に反撃しようって能動的に思える奴がいるんだって衝撃でした。その発想が私には全然なかった。私には親父がたった一人の家族だったから。殴られてたけど、好きだったし、すがってたんです。

――広海は風俗嬢の鶴さんとも仲良くなり、母に抱きしめられた記憶がない広海は鶴さんに両手を握ってもらいます。風俗嬢とのやりとりを綴ったエッセイ『きょうも延長ナリ』も発表されている爪さんにとって、触れ合うこととは。

 殴られる以外の方法で親父に触れてもらったことがなかったんですよ。だから、めちゃめちゃ寂しい時に親父をわざと怒らせまくって殴られる数を増やしてたこともありました。一度、学校でゲロを吐いてしまったとき、担任の先生や保健委員の子にやさしく背中をさすってもらって、そこから寂しい時にわざと吐いたりもしていました。

 それほど、私にとって触ってもらうことはすごく大きなこと。だからこそ、気軽にはできない。猫を撫でるのすら、ためらってしまいます。その点、風俗嬢の方たちには、お金を払ってあるし、その時間が終わったら二度と会わないので安心して甘えられたんです。

 そういえば、あの子たちにはつらかったことをそのまま話せました。私、親父にはんだごてでつけられた火傷痕があるんですけど、それも周りの人には「小学校の技術の時間に先生がはんだごて見せて『これ何かわかる奴いるか~? わからんだろ?』って言ったけど、私は親父にやられてたからすぐわかった」って笑い話にしてたんですよ。でも、風俗嬢の子には「熱くて、ほんとつらかった。なんで実の親がそんなことするんだろ」って言えたんですよね。

 ゴブリンもだし、鶴さんもだし、ああいう人たちのことを、町の人はみんな笑いもんにしてた。今回、そういう人たちばっかり出したのは、彼らを笑ってた人たちへの反抗かもしれないです。私はこの人たちに救われてたんだ、って。

殴られている子の声は小さい

――広海の境遇は現代の児童虐待の問題とも重なります。どうやったら今苦しんでいる子どもたちの力になれると思いますか。

 私もそうだったけど、子どもって、大人が思っているより自分でなんとかしようとするんです。親父に虐待されてるとか、そういうことを外に出すのが恥だと思ってたし、言わない方がいいんだろうなって気を遣ってた。でも、この小説を書いて思ったのは、もっと早く自分でなんとかすることを諦めて、周りの人に助けを求めていたら違った人生があったかもなって。一人、東京に暮らしている独身の叔母がいたんですよ。あの人にあの時、真剣に訴えてたら、東京に連れ出してくれてたかもなって。

 ただ、やっぱり子どもは明確な「助けて」は言えないと思う。殴られている子はちっちゃい声しか出せないんですよ。だから大人側が敏感に気づいてあげないといけない。ゴブリンみたいに、「この人にだったら話してもいいかな」「ちゃんと聞いてくれるかもしれない」って思わせられる〈ハードルの低い大人〉でいることも大事だと思います。

――ゴブリンは広海に「親を恨んでもいいんだ」と言います。笑い話に包んでしか父を恨めなかった爪さんが、なぜこれを書けたと思いますか。

 やっぱり妻のおかげでしょうね。今までつきあった人は、「お互いのダメなところも認め合って、楽しくやっていけたらいいよね」っていう人たちだったんですけど、妻は真逆で。「好きなもん食って、女の子と遊んで、ひとり気ままに生きていく……みたいな作家像に逃げ込むな。お前はそこが自分の居場所と思ってるかもしれんけど、それは視野が狭い」って。

 最初は全部拒絶してたんですよ。例えば、つっかけしか履かない僕に、「一回でいいから靴を履いて」って言ってきて、あんまりしつこいから履いてみたら「靴っていいな」って普通に思ったり(笑)。そうやってとことん向き合って、自堕落だった私を変えてくれた。それまでは、親父と暮らしてたボロボロの家に囚われてたんだと思うんです。過去に閉じこもって書いていたのを、妻が外に連れ出してくれた。でも過去の自分も大好きなので否定はしたくないんですけどね。

――次回はどんなものを書きたいですか。

 どんな人にも届くわかりやすいものを書きたいです。学級文庫にあった「ズッコケ三人組」みたいに、ふだん本を読まない人たちでも、読みやすくてわかりやすいもの、手に取りたくなるものを。本を読むのは難しくないし楽しい。読書のハードルを下げたいんです。

 自分は、つらかった時、プロレスや手品や、道に落ちてた漫画雑誌に救われました。親父に、「プロレスなんかロープに自分で走っていって、跳ね返ったように見せてるだけ」とか、手品も「この箱の下に秘密の通路があって……」ってイヤなこと言われたんですけど、私は逆にそこに感動してたんです。誰かを楽しませるために、そこまで愚直に全力出せるってかっこいい、って。そういう人間臭い小説を書いていきたい。

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