ISBN: 9784409041291
発売⽇: 2025/10/31
サイズ: 13.5×19.4cm/340p
「ネクロポリティクス」 [著]アシル・ンベンベ
著者は、カメルーン出身、パリで学位を取得した後、米国や南アフリカ等を拠点にしてきた思想家である。多くの命が死に晒(さら)され、憎しみが社会を覆う現代の試練について、脱領域的かつ根底的な思索を行ってきた。
本書のタイトルでもある「ネクロポリティクス」は、ミシェル・フーコーの「生政治」の影響を受けて提起された概念だ。フーコーが近代の権力が生を焦点化したと論じたのに対し、ンベンベはむしろ死に着目する。その背景には今日、生がますます死の権力に隷属させられているという著者の認識がある。「ネクロポリティクス」とは、人びとをできるだけ破壊しようと各種の道具が配備されるあり方や、膨大な人口が、生ける屍(しかばね)のような状態にまで生を切り詰められている世界を説明する概念なのである。例えば、パレスチナで生じている暴力や、移民・難民を脆弱(ぜいじゃく)な位置におく政治はその典型だ。
著者の議論のもう一つの要は、植民地支配と奴隷制、それらを貫くレイシズムを思考の中心におき、これらが民主主義と表裏一体に近代を形作ってきたことを抉出(けっしゅつ)する点にある。民主主義が主体の相互承認によって成立する法の世界であるならば、植民地はその域外とされ、支配と暴力が渦巻く空間だった。だが同時に、民主主義は植民地なしには存在しなかった。植民地とは、民主主義の「夜の身体」なのだ。
しかし、民主主義を標榜(ひょうぼう)する社会においても今日、民主主義に対する懐疑が強まっている。それは、この社会が自ら「夜の身体」へと転換しているかのようでもある。そこでは、他者は自分たちと分かち合う者とは見なされず、むしろ「やつらのいない世界」という分断の妄想が勢いを増す。
これに対し、著者は閉じられた共同体に安住するのではなく、通り過ぎて行く者の倫理と地球を人びとの共通の条件とする惑星的思考に可能性をみる。暗い時代に差し込む一筋の光のように。
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Achille Mbembe 南アフリカのウィットウォータースランド大教授。専門は歴史と政治学。邦訳に『黒人理性批判』。