1. HOME
  2. インタビュー
  3. 著者に会いたい
  4. 濱野ちひろさん「無機的な恋人たち」インタビュー 愛、性とは何かを探す旅

濱野ちひろさん「無機的な恋人たち」インタビュー 愛、性とは何かを探す旅

濱野ちひろさん

 私には愛がわからない。

 7年前のデビュー作『聖なるズー』をこう書き出した。19歳から10年、性暴力と精神的支配を受けぼろぼろになった。愛とは、性とは何かを探るドイツの旅で、動物と愛し合う人々に答えを求めた。

 今回の旅はアメリカ。もし、愛する相手が無機物だったら。「セックスロボット」を取材し、近未来的なルポを書こうと意気込んだ。

 だが、長年ラブドールをパートナーとして暮らす男性は、肝心の人工知能の機能を切っていた。好きな色を何度尋ねても「ブルー」と答えるからだ。“彼女”は紫が好きでなければおかしいのに。

 当初のあては外れたが、愛好家が細部に至るまで作り込む等身大人形の「物語」の濃さ、緻密(ちみつ)さに驚いた。自身を「ドールの夫」と説明する彼は25年間絶え間なく想像を巡らせ、人形に背景やエピソードを加え続けていた。異性愛者を名乗りながらも、パートナーとして“彼女”のことが必要と語る男性もいた。多くの「ドールの夫」たちは相手に人格を認めていた。

 まるで自己を投影する鏡。一方通行では? 取材中、そんな疑問をぶつけると「人間同士が一方通行の関係ではないと確かに言えるのかな?」と返ってきた。
 「それで、他者って何だろう?と考え始めちゃったんです。私たちは他者をどこまで他者として認識できているのか。自分の期待を投影し続けている気もする」

 旅はリアルなラブドールを追求する中国の会社や「ラブドールになる」体験ができる日本の現場へと続く。観察・交流と内省の往還を経て、気負って問いかけていた「愛」の答えが、いつしか芽生え始めているのを感じていた。

 「大がかりな旅はこれで終わり」と話す顔はおだやか。とはいえ、全て終わり、ではない。「女性のマスターベーションを書きたい」。がんばってできるようになったのが26歳。自分の体を取り戻すために必要だった。だが、誰も話題にしない。

 取材はすでに始めている。「本にできるかなあ」。細い道を歩き続ける。(文・興野優平 写真・横関一浩)=朝日新聞2026年1月24日掲載