1. HOME
  2. 書評
  3. 「叫び」書評 神話性と諧謔が入り混じる語り

「叫び」書評 神話性と諧謔が入り混じる語り

評者: 藤井光 / 朝⽇新聞掲載:2026年02月14日
叫び 著者:畠山丑雄 出版社:新潮社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784103567516
発売⽇: 2026/01/14
サイズ: 12×1.5cm/144p

「叫び」 [著]畠山丑雄

 その土地は、僕にとってはまさに地元だった。電車で、バスで、自転車で、徒歩で動き回った履歴を線で地図に描くなら、大阪府茨木市の安威川(あいがわ)沿いは真っ黒に塗りつぶされるだろう。そこが、『叫び』の主な舞台となる。
 2025年の万博開催を迎える茨木市。早野ひかるという、この地に転居してきた地方公務員の男性を焦点として、小説は構成されている。同棲(どうせい)するはずの女性が現れなかったことで自暴自棄な生活になり、ほどなくして貯金も使い果たして夜の安威川沿いをさまよい歩くようになった早野は、近くから聞こえる鐘の音に誘われ、畑にある穴に入る。そこにいたのは、銅鐸(どうたく)を金槌(かなづち)で鳴らす年配男性だった。
 その「先生」の博学ぶりに魅了され、早野は茨木という土地の歴史に導かれる。市内の遺跡で銅鐸がかつて作られていたこと、そして、戦前の川沿いに一面に広がっていた罌粟(けし)畑から作られた阿片(あへん)が、満州で売られていたこと。現代の地表をさまようだけだった主人公は、異界とすら思えるような、土地の歴史の層に導かれていく。
 歴史にのめり込み、我を忘れてトラブルすら起こすようになる早野にも、やがて新たな出会いがあり、恋愛の物語が進み始める。同時に、「先生」の言葉と自分の言葉が融合し、戦中に茨木から満州に渡った青年が早野の前に現れるなど、自己と他者、過去と現在の境界線は次第にあやふやになっていく。早野の行動と周囲とのギャップが生み出すユーモアに乗り、今世紀と前世紀の万博が妖しく交錯する終盤に向けて、物語は一気に突き進む。
 ある土地には、過去の人々が無数の地層をなしており、同時に、そのほとんどを知らず地表で生活を続けていく人々がいる。神話性と諧謔(かいぎゃく)の入り混じった語りによって、『叫び』は両者のバランスの危うさを、現実の皮膜をめくるようにして見せてくれる。
    ◇
はたけやま・うしお 1992年、大阪生まれ。京都大文学部卒。『地の底の記憶』で文芸賞を受けデビュー。本作で芥川賞。