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取り戻せぬ過去への思い 信念、貫いても曲げても 都甲幸治〈朝日新聞文芸時評26年2月〉

絵・大村雪乃

 学校とは理不尽な場所だ。教師は道徳を説くが、従順な生徒ばかりを可愛がり、反抗的な生徒を忌み嫌う。優等生や強い運動部の生徒が幅を利かし、他の者たちは教室や食堂の隅で身を潜める。こんなことは正しくない。自分が大人になったらこうはなるまい。我々は心の中で誓う。

 だが、社会に出たとたんに状況が変わってくる。徐々に格差が生まれ、あんなに一心同体だったはずの友人たちに本音でしゃべれなくなる。時間の経過とともに、帰れる場所だったはずの実家の親も亡くなり、故郷は決定的に変わってしまう。そして気づけば、職場や家庭で、かつてあれほど忌み嫌った大人をなぞっている自分がいる。

     ◇

 又吉直樹の長篇(ちょうへん)『生きとるわ』(文芸春秋)の中心には、一人の生徒の死がある。将来を嘱望されて高校の野球部に入った中村だが、先輩たちによる理不尽なしごきに耐えかねて自殺してしまう。高校側は暴力的な体質を隠蔽(いんぺい)し、マスコミで叩(たた)かれても事実を認めない。

 結局のところ、学校側に非はなく、ただ中村が弱かった、ということで処理される。そのことに対して、主人公の岡田は強い憤りを感じる。弱い人間はただ切り捨てられるべきなのか。そうした人間が亡くなったとしても、単に当然のことなのか。

 せめて自分だけは弱い者に寄り添う人間でいよう。だがこうした信念が、やがて会計士となった岡田を破滅させる。そのきっかけとなったのは、同じ日本映画研究部に所属していた横井だ。彼は店の出資話を岡田に持ちかけ、五百万円を騙(だま)し取る。

 もともと噓(うそ)つきでだらしないと知っていた横井に、なぜ岡田はいいようにされるのか。秘密は横井の弱さにある。岡田はこう思っているのではないか。せめて自分だけは弱者を切り捨てない人間でいたい。そうすれば、高校に代表される日本社会も良くなるし、自殺した中村も生き返るし、両親の死とともに消滅してしまった実家にも再び戻れる。「横井に賭けていたのではなく、横井を介して世界に賭けていた。変わるはずのないものが一変する奇跡の瞬間に立ち会えるかもしれないという浅はかな期待」

 だがそうした千年王国が岡田の目の前に現れるわけもない。彼に残ったのは多額の借金と孤独だけだ。そして彼は、自分自身の姿を正面から見つめるしかない。

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 パーシヴァル・エヴェレット『消失』(雨海弘美訳、集英社)の主人公モンクもまた、強い憤りを抱いて青春時代を過ごす。祖父から続く医者の家系で育った彼は、黒人でありながら黒人らしい喋(しゃべ)り方ができない。バスケットボールもからきしだめだ。当然ながら、周囲の黒人たちからは仲間とは見なされない。

 ハーバード大学に進み、作家となった彼だが、ギリシャの戯曲を組み替えた小説を書いても全く評価されない。彼が白人だったら事情は違っていただろうに。だが彼の人生は急角度で方向を変える。ボケてしまった母親を施設に入れなければならなくなったのだ。

 彼は金のために、スタッグ・R・リーという人格をでっち上げ、黒人たちに対する差別的なイメージをつなぎ合わせて、『おれの病理』という小説を書き上げる。もちろん究極の駄作だが、これがランダムハウスに高額で売れ、しかも映画化まで決まってしまう。

 「私は人種のちがいを認めず、自分の作品が『黒人』の自己表現と定義されるのをよしとしなかったがために、レイシズムの犠牲者となった」。そうした彼が、人種差別的な小説のおかげで大金を手に入れる。もちろん母親のためではあるが、その思いは彼のやましさを和らげはしない。崩壊していく家族をなんとか支えようとする彼の姿はけなげで苦い。

 島口大樹「風景たち」(「文学界」3月号)で鴇田(ときた)は、埼玉にある実家のアパートが取り壊されるのを見に行く。この場所から、かつて写真家の父親が失踪し、次に横浜の大学に入学した自分が出ていった。残された母親はどんな気持ちでこの郊外の風景を眺めて生きてきたのだろうか。鴇田はアパートの前で父親が使っていたカメラを取り出す。「もうすぐ、なくなっちゃうんだから。なくなったら、思い出せなくなっちゃうんだから」。織田作之助賞受賞作である『ソロ・エコー』(講談社)の世界を引き継いだ本作は、取り戻し得ない過去を蘇(よみがえ)らせたいという意志に満ちている。 (翻訳家・米文学者)=朝日新聞2026年2月27日掲載