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ラテンアメリカの視点 文学に刻印された米国の暴力 柳原孝敦

米トランプ政権に拘束されたマドゥロ大統領の解放を求めるチャベス派の市民ら=1月9日、ベネズエラの首都カラカス

 2026年正月早々、米軍がベネズエラの首都カラカスを攻撃、マドゥロ大統領を拉致した。麻薬対策が名目であったはずだが、直後からトランプ大統領は石油の利権に対する野望を露(あらわ)にした。時を移さずキューバへの侵攻も示唆。現在、米国の暴力はイランにまで及んでいる。

 今回のように大統領が前面に出てくる例は珍しいが、米国の「裏庭」ラテンアメリカの歴史は、こうした米国由来の暴力の連続であった。それらは文学作品にも反映されている。ラテンアメリカの小説を読むということは、米国が陰に陽に行使してきた暴力に苦しむ人々の痛みを理解するということだ。

 マリオ・バルガス=リョサ『激動の時代』(久野量一訳、作品社・3960円)は、昨年物故したペルー=スペインのノーベル賞作家の最後から2番目の小説だ。舞台は1950年代のグアテマラ。米国型の民主社会を目標に政治改革に取り組むハコボ・アルベンス政権が、敵対勢力によるクーデターに倒れた。これを陰で支えたのが中央情報局(CIA)であり、米国はまた外交面からもアルベンスに圧力をかけていた。

 小説は、このクーデターで権力の座についたカルロス・カスティーリョ・アルマスの暗殺の顚末(てんまつ)も描いている。

 米国に本拠を置くユナイテッド・フルーツ(現チキータ・ブランズ・インターナショナル)社はグアテマラに広大なバナナ・プランテーションを有していた。アルベンスの農地改革によって利権が奪われてしまうのではないかと危惧した会社幹部が、グアテマラの共産主義化を警戒するキャンペーンを張り、おりからのマッカーシズムにあおられて米国が動いたのだ。

 同社は当初、グアテマラに共産主義化の兆しなど見ていなかった。むしろ、米国式に組合が組織されることを警戒したのだ。

私たちの明日

 実際にユナイテッド・フルーツの労働運動に端を発する悲劇が生まれたのがコロンビアだった。ただし、コロンビアは親米政権の時期が長い。バナナ会社の労働運動を弾圧したのはコロンビア国軍であった。反米政権は力でねじ伏せられるが、米国におもねる国は自らの国民を傷つける。どうにも厄介だ。

 コロンビアの労働運動弾圧は1928年12月のこと。これをクライマックスに据えたのがガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』(鼓直〈つづみただし〉訳、新潮文庫・1375円)だ。匿名化されているし、作家特有の誇張表現に満ちてはいるものの、それは間違いなく現実の事件に根差している。

 こうした歴史的事件を扱う小説は、事件自体を扱うから一読に値するのではない。事件に巻き込まれ人生を狂わされた人々のその後を描いているから参考になるのだ。それは市井に生きる私たちの明日だからだ。

激しい葛藤が

 アリエル・ドルフマンの戯曲『死と乙女』(飯島みどり訳、岩波文庫・792円)は、やはり匿名化されているけれども、チリでの1973年のクーデター後の人々の苦しみを伝えている。鉱山の国有化などのアジェンデ大統領の社会主義的政策によって自国資本の利権を奪われた米国が、やはりCIAを通じて起こしたのがこのクーデターであった。反乱軍の首謀者アウグスト・ピノチェトは90年まで権力の座に居座り続け、その間、反体制派への人権弾圧を繰り返した。

 民主化後、人権委員会が立ち上がる。委員長の妻はかつて軍政下で性的暴行と拷問を受けていた。その彼女が加害者と巡り合ったと思い、復讐(ふくしゅう)をしようとする心理劇だ。あくまでも否定する相手に暴力で復讐すれば自身もまた暴君に成り下がるだけだ。激しい葛藤が生じる。傷ついた者が正当に癒やされるにはどうすればいいのか? 重い問題提起だ。=朝日新聞2026年3月14日掲載