ホラー小説界に新風を吹き込んだ澤村伊智さんの「ぼぎわんが、来る」に始まる比嘉(ひが)姉妹シリーズの新作「ざんどぅまの影」(KADOKAWA)が刊行された。沖縄のユタの血をひく霊能者姉妹の祖母の時代を舞台にした「シリーズ・ゼロ」と言える物語。正体不明の怪異の恐怖を描くと共に、現代史の暗部に切り込んでいる。
「父方の祖父母が戦前に沖縄から大阪に移住した人で、差別を受けて名字を変えているんですよ。それなのに僕は、ユタの血をひく姉妹の設定を割と浅いところで決めた節があった。その反省もあって、きちんと自分のルーツに向き合おうと思ったんです」
物語は姉妹の姉・琴子の「口寄せ」を通して語られる。1981年、神奈川県内の港町。沖縄からの移住者が多く暮らす街で新生活を始めた青年・篤はある夜、「びしゃっ」という水音と共に、全身ずぶぬれの人影を目撃する。それ以降、街の住人たちが次々と、水のない場所でおぼれて死ぬ事件が起きる。陸地なのに、海のにおいを漂わせて。
やがて怪異は沖縄の昔話に出てくる海の化け物「ざんどぅま」のしわざではないかとのうわさが広まる。町民が自警団を結成し、警戒にあたるなか、篤は「おばぁ」と呼ばれるユタ、比嘉勝子のもとを訪れる。
「語感を意識しながら、毎回なんとかひねりだしてます」と話す、まがまがしい名が独り歩きするうち、人々は疑心暗鬼に陥っていく。怪異の正体探し、そして対応策をめぐり、わかりやすい答えを求めてしまう。街のあちこちに〈沖縄人おことわり〉の貼り紙が目立つようになり……。
「お化けが好きで、お化けを使ってどう怖がらせようかと考えながら書いてきました。でも、その来歴をたどることに矛盾を感じています。悪いことを起こす原因を解き明かすこと自体が差別や偏見を生むのかなと、思っていて」
本作のエピグラフには特撮ドラマ「帰ってきたウルトラマン」の「怪獣使いと少年」の脚本の一部が載っている。関東大震災の際の朝鮮人虐殺を下敷きに、未知なるものを恐れる集団心理の怖さを描いた伝説の回だ。
本作もまた、町民たちが怪異を止めるため、あれこれと原因を求めた末に悲劇が起きる。陰謀論やデマがはびこる現在の社会に生きる私たちにとっても、人ごとではない。怖いのは、お化けよりも人間なのか。
「怖さというよりも、愚かさでしょうか。第1作の『ぼぎわん』からして、怪異におびえるイクメン夫の姿を、なんて愚かなんだろうと思いながら書いていた。怖いお化けを前にすると、人間の愚かさが表れてしまう」
シリーズはまだまだ続く。次回作は長編第4作「ばくうどの悪夢」に連なる、姉妹の妹・真琴のその後を描くという。(野波健祐)=朝日新聞2026年5月20日掲載