ISBN: 9784140057612
発売⽇: 2026/07/15
サイズ: 13.3×18.8cm/248p
「わたしを忘れないで」 [著]アリス・ホフマン
『アンネの日記』で知られるアンネ・フランクが、隠れ家で日記を書き始めるまでの物語。史実に想像を交えて描き出す。
お互い愛しているのにすれ違う母との関係、優しくて思慮深い祖母、自分と同じく読書が好きな父との会話、日々の食卓や街並み、思春期の恋の輝き。時に描写は簡素で詩のよう。だからこそ私たちは彼女の日常から自分たちに思いをはせ、想像をふくらませられる。ぺらぺらと虚(うつ)ろな言葉を次から次へと繰り出す権力者たちの話と違って。
当たり前の暮らしに少しずつ亀裂が入り、追い詰められていく。ユダヤ人は生活を制限され、ごく簡単なこと、空の星をぼおっと見つめることもできなくなる。街を歩けば知らない人から「汚らしい娘」呼ばわりされ、冬のお楽しみの屋外スケート場は、ライフル銃を持った兵士が監視する。
それでもまだ、知人の結婚式に出るために、真珠のボタンとすそにレースをあしらった宝物のように美しいドレスをあつらえる。だがスケートもできなくなり、人々は市場のニンジンを手に入れるために争う。その姿に「消えてしまいたい」と彼女は願う。人生がこんな状態で続くなんて耐えられない。
だからこそ恋のきらめきはとびっきりだ。2人でいると生きている、なんだってできるという気持ちになり、花市場のゴミ捨て場から拾ってきてプレゼントされた白いカーネーションは、世界が一瞬止まるほどに美しく、世界には自分たち以外存在しない気がする。
そんな日々は唐突にぶつっと断ち切られ、彼女は逃げ、この物語は終わる。やがて彼女は捕まり、収容所で15歳で死ぬ。
「わたしたちを忘れないで」。彼女は願った。だがアメリカでは、アンネの日記の漫画版が一部の図書館で書棚から撤去されるなど、彼女を忘れ始めている。彼女が夢見た「残酷さよりやさしさのある未来」だろうか、亀裂が入りかけたようにも見えるこの世界は。
◇
Alice Hoffman 米国生まれの作家。邦訳された作品に『プラクティカル・マジック』『恋におちた人魚』など。
◇
三辺律子訳