田島列島「みちかとまり」(第13回) わくわくしてそら恐ろしくて、底知れない
日々、息をするように漫画を過剰摂取しているが、実はたまに小説も読む。最近は辻村深月の『ファイア・ドーム』(小学館)を上下巻一気読みして、物語の魅力に酔った。このコーナーの趣旨に外れるため多くは語らないが、現代を生きる全ての人に読んでほしいと思う傑作だった。
作中で特に魅力的に感じた要素のひとつが、子どもの描写の自然さだった。重要なポジションで登場する小学4年生の少年たちは、過度に無邪気でも過度に大人っぽくもなく、言動や感情の揺れ、そして彼らの目に大人がどう映っているかまで、一切のわざとらしさなく活写されている。
……と、子どもでも、子どもを育てているわけでもないわたしが力説しても説得力がないかもしれないけれど、この「生きてる子ども像」の捕捉力は、田島列島の『みちかとまり』(全4巻、講談社)に通じるものがあるなと思った。思春期の少年少女の感情を繊細に掬い取るネームが絶大な支持を得ている作者の最新作は、ふたりの少女の友情を軸にしたふしぎな物語だ。
山間のちいさな集落で暮らす8歳のまりは、ある夏の日、竹やぶの中で自分と同じ年頃の少女・みちかを見つける。その竹やぶには時々子どもが生えてくるのだという。そして、最初に見つけた人間がその子を神様にするか人間にするか、決める。
まりはみちかと仲良くなるが、みちかには、普通の人間の常識や倫理が通用しない。そして妙な力でまりと入れ替わったり、クラスのいじめっ子・石崎の眼球をほじくってしまったりする。田島列島のかわいらしい絵と、絶妙な抜け感のあるユーモラスなやり取りに和んでいると、不意にえげつない描写がぶっ込まれてきて戦慄する。血みどろ展開に転調するわけでなく、いつもの田島節のままなのがコワい。
「元の石崎を殺したままじゃ 友だちとあそんだり クリスマスプレゼントをもらったりできない」(1巻より)
石崎の眼球を取り戻すことに決めたまりは、みちかに誘われ、山の体内に潜り込んで様々な冒険をする羽目になる。それは民話で、神話で、寓話で、ジブリっぽさもあり、わくわくしてそら恐ろしくて、底知れない。きっと、人間が山そのものに対して抱く感情と同じなのだろう。
そして、随所に光る作者の言葉のきらめきがとても好きだ。
「人間でい続けるには自分を鞭で叩いて そのことに気づかないようにずっと麻酔をかけ続けるからなんにも感じなくなって」(1巻より)
「抱きしめてやれな」
「それで なんかなんのォ?」
「やんねより ましだ」(3巻より)
まりは元の世界に帰れるのか、そしてみちかは神様と人間のどちらになるのか。最終の4巻は、巡る生命の関わり合いの大きな根源に触れるすばらしい結末だった。読み終えた今は、夏休みの終わりの夕方みたいな気持ちだ。さみしいけど、たくさんの思い出を抱いて満ち足りてもいる。