ヴァンパイアがポップカルチャーにあふれている。昨年公開の映画だけでも、米アカデミー賞で最優秀主演男優賞を得た「罪人たち」や漫画原作の「ババンババンバンバンパイア」など話題作にことかかない。今や当たり前のように受け入れられているヴァンパイアのイメージはどこから来たのか――。立命館大嘱託講師の山下大地さんの「ヴァンパイア・リヴァンプド 『吸血鬼』神話を解体する」(国書刊行会)はイメージの根源にさかのぼり、歴史的変遷を学術的にひもといた労作だ。
「ものの定義に引っかかりを覚える性分で、ヴァンパイアがはやっている今、整理する必要があるのではないかと思ったんです」
もともとは幻想文学で知られるホフマンらのドイツ文学を研究していた。京都大大学院時代、博士課程の研究テーマに迷っていたころ、「ドイツにはヴァンパイアがいるのか」と研究室で話題になった。種村季弘「吸血鬼幻想」など国内外の文献をひもとくうち、「自分がいかに先入観にとらわれていたかに気づかされた」と言う。
論考は、民間伝承で「蘇(よみがえ)り害をなす死者」系統の怪物を指す「Vampir」と、文学などの創作物に現れる「ヴァンパイア」を切り分けながら進む。民間伝承の基点となるのは18世紀前半、セルビアで起きた二つの事件。蘇生して血を吸うVampirに襲われた村について伝える三つの報告書とそれを受けた西洋社会の議論をていねいに読み解いていく。中央の知識人たちが、周縁地域で起きた非合理的な出来事による混乱を恐れ、Vampirを迷信として「封じ込め」ようとした様子が浮かび上がる。
一方、文学史の基点となるのが1819年のジョン・ポリドリの「ヴァンパイア」。登場人物のルスヴン卿(きょう)には蘇生と吸血に加え「貴族」「誘惑」といった要素が付加され、現代につながるヴァンパイアのキャラクター化の先駆けとなった。後続のレ・ファニュ「カーミラ」、ブラム・ストーカー「ドラキュラ」といった19世紀を代表するヴァンパイアに加えられた要素から、当時の西洋社会が他者に向けた様々な「封じ込め」の意味を読み解いていく。
本作は単に文献から歴史をたどっただけではない。18世紀以前からヨーロッパの周縁で様々な名称で呼ばれていた「害をなす死者」が十把一絡げにヴァンパイアとしてまとめられた後、文学により新たなイメージが付与される過程をダイナミックに描き出す。そして20世紀、映像作品によって拡散されたイメージが現代の人々に先入観を植え付け、それゆえに定義づけを難しくしていることにも気づかされる。
表紙には「《ヴァンパイア学(ヴァンピロロジー)》が、ここに始まる」とある。セルビア以外の東欧や南欧の伝承、19世紀半ばの文学作品、さらに美術作品におけるヴァンパイアの表象など、研究の余地は膨大に残されている。
本作は500ページのうち2割近くを註(ちゅう)や参考文献一覧が占める。「文献を読んでいて私自身が出典を探して苦労した経験から、情報のトレーサビリティーを意識しています。この本が基盤となり、後続が生まれてくれるならありがたい」(野波健祐)=朝日新聞2026年6月17日掲載