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「性別違和に生まれて」書評 崩れそうな日常は特殊ではない

評者: 秋山訓子 / 朝⽇新聞掲載:2026年06月20日
性別違和に生まれて-父と子で綴った23年 (単行本) 著者:松永 正訓 出版社:中央公論新社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784120060274
発売⽇: 2026/05/08
サイズ: 2.5×19.1cm/256p

「性別違和に生まれて」 [著]松永正訓

 小児外科医と、娘の光(ひかり)さんの23年間の記録だ。光さんは女性として生まれたが、性自認は女性でも男性でもない。
 中学には学ランで通った。学校も入学式で「光さんは性別違和で」と通達。両親とは確固たる信頼関係で結ばれ、良い環境……と思いそうになるが、光さんのたどった道はきりきりと辛(つら)く困難すぎて、こちらまで苦しくなるほどだ。どのトイレに入るかで悩み、男に見える学ランをできるだけ長く着ていたくて季節の変わり目は汗まみれ。傷つきたくなくて縮こまって日々を過ごす。だが恐れていた時は容赦なく近づく。男子に訪れる体の変化は光さんには来ない……。
 パニック症になり、カウンセリングに通い始めるが、親身に向き合ってくれる先生に報いたいとうそをつき、症状は悪化する。電車に乗れなくなり、高校もやめる。「嫌悪で恐怖の対象」だった乳房を切除し、大学に入るが中退してしまう。
 光さんはあまりにもろくて繊細。そこまで?と思ってふと気づく。自分だっていつこうなってもおかしくない。当たり前の日常は何かをきっかけに崩れるかもしれず、実は紙一重のぎりぎりのバランスで成り立っているのかもしれない。光さんは決して特殊ではない。
 光さんが、久々に会う友達に出した画像付きのメールがある。「歴代アップデート内容のお知らせ」というタイトル。「低年齢までは女子だと思い、中盤は男子、今は女子なのだ」とユーモアも交え、しかも客観的に的確に説明してある。
 何度も壁に突き当たり、悲鳴を上げ、悩み抜いた光さんは、私たちの何倍も凝縮した時間を過ごし、人生がどんなものかを若くして理解した。思いもよらない不幸があれば、思いもよらぬ幸福もある。芸術大学の通信制のイラストレーションコースを卒業した光さんは、仕事も始めた。大丈夫、何度挫折したって、いつでもそこから立ち上がってやり直せるから。
    ◇
まつなが・ただし 1961年生まれ。小児外科医。2013年に『運命の子 トリソミー』で小学館ノンフィクション大賞。