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フィクションの増幅 身体で感じて、正気取り戻す 都甲幸治〈朝日新聞文芸時評26年6月〉

絵・大村雪乃

 ふだん我々は言葉やイメージの世界に住んでいる。そして体のことなど考えない。だが、病気になればどうだろう。突然朝、ベッドから起き上がれなくなる。もはやきちんとものを考えられない。そのとき我々は、いつもの世界がフィクションでしかないことに気づく。

     ◇

 石田夏穂「世紀の善人」(『わたしを庇〈かば〉わないで』所収、集英社)で安井は、昭和的な価値観の大企業で追い詰められている。「女の仕事」とされるお菓子配りやお茶くみ、資料のコピーなどを日々押しつけられる一方、意見は全く聞いてもらえない。

 しかし、嫌々参加した組合の会合で変化が起こる。社員のメンタルヘルスを保つために、自分の職場の人々を観察し報告する、という役目を課されたのだ。もちろん最初は抵抗感があったものの、やがてパワハラ上司たちのあまりの不快さに、安井はかえって魅せられていく。〈「顔色」は「生活習慣病者」、「表情」は「暴君」、「声色」は「目玉おやじ」、「挨拶(あいさつ)」は「割愛」、「返事」は「ヒステリー」〉。

 今まで安井は上司たちを避けてきた。けれどもそれでは、彼女の中で恐れが増幅していくばかりだ。しかし、正面から彼らを見据え始めたことで何かが変わる。恐れは生理的な気持ち悪さに変換され、そこから怒りが湧き上がる。そして怒りは彼女に力を与える。

 こんな会社もう辞めよう。終業後、職場に一人で残った安井は、接点に瞬間接着剤を垂らして、会社のIT機器を破壊していく。だが、彼女のレジスタンスは敵に発見される。突然現れた専務に見咎(みとが)められるのだ。しかし天は彼女を見放さなかった。

 実は専務を憎む部下の田中が密(ひそ)かに、ずっと心臓の薬をすり替えていたのだ。興奮した専務は心臓発作を起こして気を失う。しかも、安井が持ってきたAEDから流れる指示は女性の声だった。女性の言葉に従う気のない専務と彼の男性の部下は、AEDの操作を間違って自滅する。

 昭和的な価値観もまた一つのフィクションだ。そこで無視されてきた身体や女性の声は、臨界点に達して爆発する。そして気づけば、パワハラ上司たちは見知らぬ世界にいる。

     ◇

 金原ひとみ「さようなら私たち」(「群像」7月号)でライターをしている伊予理田は、突然テレビ番組のMCに抜擢(ばってき)される。月収六十万という言葉に目がくらんだ彼女だが、エゴサ禁止という条件に引っ掛かる。なので友人たちに訊(たず)ねると、どうやらSNS上では彼女の腕のタトゥーや顔のピアスに批判の声が上がっているらしい。

 なぜ自分の体を好きに加工してはいけないのか。反発するように、彼女はタトゥーやピアスを加速させていく。それに比例してSNS上での反対の声も盛り上がり、完全に炎上状態になる。そしてついには、殺害予告すら出てしまう。

 見ず知らずの人々が、ウェブという仮想空間で、集団で個人を攻撃する。実際に警察まで動き出したところを見れば、それは現実の出来事なのだろう。だが伊予理田は現実感を失う。だからこそ、ますます彼女はタトゥーやピアスの痛みを必要とするのだ。身体感覚を研ぎ澄ますことで、ヴァーチャル化していく現代社会に対抗する。ここには、治療としての身体改造という思考がある。

 彼女は言う。〈タトゥーっていうのは基本的に自分の意思で入れてるわけじゃないんですよ。必要な時に、迎え入れるものなんです〉。そして、現代社会で正気を保つために身体感覚を取り戻す必要があるのは、我々も同じではないか。

 身体は自分を取り戻す場所であるだけではない。人と人との繫(つな)がりの基盤にもなる。アーダ・ダダーモ『あなたは空気のように』(越前貴美子訳、早川書房)の語り手である母親に娘が生まれる。ダリヤには生まれつき脳梁(のうりょう)がなかった。だから何年経っても自立できない。長年の介護の結果、母親は娘の存在をまさに内側から感じられるようになる。〈あなたが他の部屋で動いたりため息をついたりするだけで、私はリビングルームにいながらにしてそれを感じる〉。

 さらに乳癌(にゅうがん)に冒され、おそらく脳にも転移した語り手は、自分の人生が制限されることで、ダリヤが長年経験してきた制限をよく理解できる、とさえ思う。自分の不運を嘆く前に娘のことを考える。ここには、愛といったありきたりな言葉では捉えられない、何か圧倒的なものがある。(翻訳家・米文学者)=朝日新聞2026年6月26日掲載