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「けんぐゎい」書評 鳴り響く「圏外」な女たちの肉声

評者: 吉川トリコ / 朝⽇新聞掲載:2026年07月11日
けんぐゎい (文芸書・小説) 著者:朝倉 かすみ 出版社:光文社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784334109523
発売⽇: 2026/04/22
サイズ: 19.4×2.2cm/316p

「けんぐゎい」 [著]朝倉かすみ

 舞台は江戸。全身痘痕(あばた)だらけのふゆは、だれよりも利発で「尋常ならざるもの」を内に秘めているが、どこか人生を諦めながら生きている。あるとき、手習い所で出会った宗三郎に手籠(てご)めにされ、子を孕(はら)む。「産むなら殺す」と脅されたふゆは、現人神(あらひとがみ)と讃(たた)えられる女性産医のもとへ駆け込み、その跡を継ぐことになる。やがてふゆは、「世間並み」の外側に追いやられた「圏外」の女たちを集め、江戸に「夢の国」を作る。女が脅かされることなく安心して暮らせる場所、だれに咎(とが)められることもなく子を産み、産まされることのない自由の約束された場所を。
 以上が大方のあらすじである。この小説の本質は筋ではなく語りにあるので、ネタバレ忌避派の人もどうか安心してほしい。むしろ歌舞伎と同じで、筋を頭に入れてから読んだほうがより楽しめるのではないかと思う。
 圏外の女たちや「世間並み」の道をゆこうとするほの、途轍(とてつ)もない「やば」の宗三郎、人物の肉声をそのまま写しとったような語りには野放図でダイナミックなうねりがあり、矛盾や生臭さに満ちていて、それが作家の手により書かれた創作物であることを忘れてしまう。次から次へとくりだされる躍動に身をまかせているうちに酩酊(めいてい)したようになり、連れていかれる。白と黒、善と悪がめまぐるしく反転し、曼陀羅(まんだら)模様を描き出すさまは呪術めいてさえいる。読み終わったいまもまだ体の内側で小説が鳴っているようだ。
 とりわけ女たちがひとつの怪物のようになって、夜の闇に蠢(うごめ)く場面は圧巻である。思いあがるな、わきまえろ、おまえは圏外なのだから――世間からの呪縛をはねかえし、みずからの「持って生まれた味」を解放する女たちの姿は爽快で、ほの暗い喜びを喚起する。
 小説とはこんなにも自由なのか。ここまでいけるのか。女の人生だけでなく、小説という形式のたがまで吹き飛ばしてくれる。
    ◇
あさくら・かすみ 1960年生まれ。小説家。2005年デビュー。19年『平場の月』で山本周五郎賞。本書で第175回直木賞候補。