コロナを忘れない 医療危機、時を経て見える教訓 酒井正
日本では、昨年1年間だけでも新型コロナウイルス感染症でいまだに2万人以上が亡くなっている。しかし、我われの社会は先のコロナ禍で経験した痛みを忘れつつあるようにも思える。一方で、時を経たからこそ、当時の取り組みの意味が見えてくることもある。コロナ禍の教訓を3冊の書籍から考えてみたい。
まず読むべきは、新型コロナウイルス感染症対策分科会長などを務めた尾身茂がインタビューに答えた牧原出・坂上博『きしむ政治と科学 コロナ禍、尾身茂氏との対話』(中央公論新社・2420円)だろう。当時、各方面からの矢面に立っていたかに見えた尾身だが、政治への不信や世間からの批判に対する反論を声高に表明することはない。だが、その尾身が返す返すも残念がるのは、2009年の新型インフルエンザ拡大の際の反省が生かされなかったことだ。その中では検査体制や医療提供体制の確保も訴えられていた。見方を変えれば、尾身はコロナ禍でも医療供給がすぐには拡大しないことを見抜いていたために、医療への需要を爆発させないことに注力していたのかもしれない。各種の行動制限の目的は、結局のところ医療需要を抑えこむことにあったのだから。
それでは、なぜ日本の医療提供体制は緊急時にも拡大しにくいのか。日本は、国民一人あたりの病床数が多いことで有名なはずだ。このパラドックスを解明しようとするのが高久玲音(れお)『医療崩壊の経済学 現代日本医療制度の再検討』(慶応義塾大学出版会・3300円)だ。高久によれば、そもそも日本では実績のない「名ばかりの急性期病床」が多いという。急性期病床を持っていても小規模の病院がほとんどのため、症例数が少なく医療技術が向上しにくいこともある。コロナ禍では「開業医の診療協力が十分ではなかった」と指弾されることもあったが、医療の逼迫(ひっぱく)をもたらしていたのは、むしろ分散化され過ぎた病院にあったのだ。実際に、病院が集約された地域では普段から救急搬送の実績が良く、コロナ禍でも搬送時間はほぼ変わらなかったという統計も示されている。
また、病床確保が進みにくい理由として、病院の経営主体が民間中心であるために政府のコントロールが及びにくい点が指摘されることもある。だが、同書は、公立の病院ですら病床の調整が機能していなかった実態を明らかにする。コロナ後には公立病院に対する行政の権限を強化する法改正もあったが、病院の集約化と機能分化を適切に進めなければ、新たな感染症によって今度こそ本当に医療崩壊する可能性がある。鍵となるのは供給側の管理なのだ。
ところで、医療への需要を抑制するために社会に課された制約の影響は、教育現場にも及んだ。中村高康・苅谷剛彦編著『コロナ禍と日本の教育 行政・学校・家庭生活の社会学的分析』(東京大学出版会・5060円)は、コロナ禍の教育場面で誰が厳しい状況にあったのかという問題意識の下にデータを分析した論文集だ。同書で示されるのは、学習上の格差がコロナ禍で拡大したといった悲観的な分析結果ばかりではない。ただ同時に、休校期間が長かった学校ほど教員が多忙になっていたという事実も紹介されており、「子どもたちの学びを止めない」ための取り組みと感染症対策の両立がいかに教育現場に負荷をかけていたかがうかがえる。目の前の命を救うことは何事にも優先されると考えられがちだが、平時にこそ、それによって支払う各種の代償を詳(つまび)らかにしておくことが肝要だ。
コロナ禍に実施された施策は他にもあり、その効果も検証されている。今後のパンデミック対策にとってまず必要なことは、それらの検証結果が人びとに広く共有されることではないだろうか。=朝日新聞2026年9月19日掲載