マンガ家マンガ「アオイホノオ」と「ウリッコ」の共通点と違いは(第157回)
マンガ家を主人公にした「マンガ家マンガ」は数多いが、その中でも「コミックDAYS」(講談社)連載中で今月第4巻が出たばかりの『ウリッコ』(原作・殺野高菜/作画・大森かなた)ほどインパクトのある主人公はいないだろう。なにしろ彼女はネットカフェに住み、1回1万5000円のウリ(売春)で生活しているのだ!
コミュ障でアルバイトが続かない星野キズミは歌舞伎町のネットカフェでウリをしながら、何の目標もなくその日暮らしをしている。住所も保険証も持たない最底辺の生活だ。ある日、ウリ仲間から「昨日会ったマンガ家が年収3000万円だって」と聞き、少し絵が得意というだけで“金のために”マンガ家を目指すことに。見よう見まねでマンガを描き、持ち込みを繰り返すうち、あるコマで編集者が笑ったことから一銭にもならない持ち込みにハマるようになる――。
マンガ家マンガのヒット作といえば、例えば2007年から「週刊ヤングサンデー」(小学館)で始まり、現在は「ゲッサン」(同)で連載中の『アオイホノオ』(島本和彦)がある。1980年に大阪芸術大学に入学した島本和彦の自伝的作品で、主人公の焔燃(ホノオモユル)がデフォルメされた作者本人であることは明らか。コミックスには毎回冒頭にでかでかと「この物語はフィクションである」と書かれているが、映画監督の庵野秀明やガイナックスの社長となる山賀博之といった同級生をはじめ、登場人物や雑誌名はほとんど実名になっている。当時はあだち充、細野不二彦、大友克洋といった大物が次々とブレークし、マンガ界に新しい波が巻き起こった熱い時代だった。
両作品の舞台には40年以上の隔たりがあるが、主人公が初めて自作を出版社に持ち込み、期待していた評価が得られずに落ち込むところはまったく同じ。1980年は少年マンガを描く女性作家として高橋留美子が注目されたものだが、今はキズミのように少年誌や青年誌で描こうとする女性が珍しくないのは大きく変わった部分だろう。
高校時代からの「マンガ家になる」という夢と根拠のない自信を抱いて芸大に入ったホノオに対し、キズミの目的はあくまで金でしかない。マンガになどまったく愛も興味もないのがマンガ家マンガとしては斬新で現代的だ。バブル前夜の80年代ならではの明るさと希望に満ちた『アオイホノオ』に対し、令和の貧困と閉塞が色濃く漂っている『ウリッコ』は暗く、冷たい現実が淡々と描かれる。
キズミは特に絵がうまいわけでもないし、並外れた才能を持っているわけでもない。マンガに関する知識もゼロだった状態から、ネットカフェだから手に入る大量のマンガや映画に触れ、「何が面白いのか」を学んで少しずつ成長していく。マンガに興味がなかったキズミが、少しずつマンガ中心の生活になっていく過程に説得力がある。
持ち込みを重ねる中、ついにキズミは担当編集者に認められ、年2回ある放談社の新人賞に応募することに! 1カ月で50ページ。光のないうつろな目が印象的だったキズミだが、締め切りに追われて必死で描いているうちに、文字通り目の色が変わる場面は胸が熱くなる。おそらく彼女の人生で、ここまで本気で何かに向き合ったことは一度もなかったに違いない。冷え切った世界の中、かすかな希望に火がともる。
ほぼノンフィクションの『アオイホノオ』と違って、さすがにこんなマンガ家の卵は実在しないだろう。それでもディテールがリアルなため、「ひょっとすると今の時代、こんな若者もいるかもしれない」と思えてくる。