ISBN: 9784622098546
発売⽇: 2026/07/10
サイズ: 21.6×2.8cm/352p
「人と土地」 [著]阮義忠
不思議な鎮静作用をもつ本だ。
病院の待合室でこの本を開いていた。文章を読み、頁(ページ)を繰って写真を眺め、また文章に戻る。目の前の味気ない光景が、しだいに滋味深い人生の一コマにみえてくる。
写真とは、人によって撮影されるものだけれど、著者はそれを「天からの贈り物」だという。あるいは、さまざまな人やものごとの織りなす「縁」の賜物(たまもの)だと。
その瞬間、そこに確かに存在していた人びとの面影、家々と田畑、空と大地のありさまを写真は伝える。土地の来歴への深い理解と、写真家としての長きにわたる経験に根ざした、明と暗、瞬間と永遠、生と死をめぐる洞察の数々が、読後に深い余韻を残す。
一九七〇年代から八〇年代の台湾の、あちこちの土地を著者は訪ねる。山間(やまあい)の集落には教会がそびえ、畑が広がり、子どもらが遊ぶ。小暗い家の中でこちらを見つめる兄弟の瞳をみて、懐かしさを覚える。それは何を思いださせるのか――かつて暮らした異国の村の光景か、幼い頃の感情か。
けれども本書には、安易な同調を許さない歴史の棘(とげ)もまた、さりげなく書き込まれている。
これらの写真が撮られたのは、台湾が戒厳令下にあった時代だ。日本による侵略の傷痕、民主化運動の弾圧、近代化の歪み……。写真の裏側にある、痛ましく苦難に満ちた歴史をも、この島の人びとは生きてきたのだ。
そうした歴史への哀感を湛(たた)えながらも、本書から伝わってくるのは限りない敬意と肯定の念だ。そのような世界を、それでもなお穏やかに、慎み深く、礼節をもって生きてきた人びとへの。
「写真とはある種の希望であり、祝福であれかしと思う」
本書が読み手の心を慰め、不安や焦燥を鎮めるのは、著者のまなざしを借りてもたらされた天からの贈り物、小さき者たちへの大いなる肯定と祝福の中に、包み込まれるからなのだろう。
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げん・ぎちゅう/Juan I-Jong 1950年、台湾生まれ。写真家。庶民の暮らしや生活文化をテーマに写真ルポルタージュを手がける。
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栖来(すみき)ひかり訳