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『調査票のなかの「戦争」』書評 若者や女性に加重な負担と影響

評者: 高谷幸 / 朝⽇新聞掲載:2026年08月01日
調査票のなかの「戦争」: 京浜工業地帯の労働者一万四千人の記録から (シリーズ数理・計量社会学の応用 3) 著者:渡邊 勉 出版社:勁草書房 ジャンル:社会・政治

ISBN: 9784326698448
発売⽇: 2026/04/03
サイズ: 2×18.8cm/272p

『調査票のなかの「戦争」』 [著]渡邊勉

 一九五一年。アジア・太平洋戦争終結から六年が経ち、占領からの独立を翌年に控えていた。この年、神奈川県は、急拡大する京浜工業地帯で働く労働者の実態を把握するため、専門家に委託し社会調査を実施した。二一世紀に入り、当時の調査票が再発見された。過去に集められたデータは、古文書同様、貴重な情報をもっている。本書は、それに労働者の戦争経験という新しいテーマから光をあてる。
 本書では、かれらの戦争経験を徴兵、引揚(ひきあげ)、戦災に区分し、それぞれの経験者層の特性や、かれらの人生への影響を探っていく。例えば、徴兵経験は圧倒的に若い世代の(当然だが)男性に集中しており、引揚経験も若者が多い。一方、戦災は都市部居住者に偏った経験である。また戦災が与えた影響は一時的だったが、徴兵や引揚は、転職や居住地変更という形で戦後の人生を規定した。
 これらの分析は、「あの時代はみんな苦労した」というような、当時に対する漠然とした印象を覆す。戦争とは「人びとを選別するシステム」であり、特定の層に、戦後も含め過重な負担を強いる経験をもたらした。
 本書のもう一つの特徴は、働く女性にも焦点を当てた点である。社会調査は、ある時期まで男性しか対象にしないことも多かったが、この調査は女性も含めていた。そこに刻印されているのは、結婚までの一時期に働く若い世代だけでなく、戦争で配偶者を亡くしたり、結婚の機会を逸したと考えられる中高年女性の姿である。その姿は当時、女性が配偶者なしに生きることがいかに過酷だったかを浮き彫りにする。これもまた別の戦争経験といえるだろう。
 戦争をリアルに感じることが難しくなっている現代だからこそ、戦争が、若者や平時においても不利な状況に置かれた人々により厳しい経験を強いたという歴史を、繰り返し想起する必要がある。本書はその手がかりとなるはずだ。
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わたなべ・つとむ 1967年生まれ。関西学院大教授(数理社会学など)。著書に『戦争と社会的不平等』。