幕末維新史を専門とし、無血開城・大政奉還の立役者である徳川慶喜や西郷隆盛の研究を続けてきた家近良樹さんは、自らを「歴史学では異端」と語る。本書は体調不良の観点からとらえた西郷の評伝の続編で、「歴史は敗者にもフェアな目配りが必要」と失敗続きで謎多き西郷の実像に迫った。
例えば、近代化における立憲制の導入や共和政治をどう考えていたのか。皇族の血をひく最後の将軍慶喜をなぜ恐れたのか。征韓論の真意とは。人間嫌いだったのはなぜか。これらの謎を福沢諭吉の思想や側近の残した資料、極端な犬好きの側面などから推定する。浮上するのは豪胆だが繊細で気配りができ、理詰めだが多情多感で、意外と不器用な西郷像だ。
さらに西郷に匹敵したという中根雪江や川路利良らにも言及し、リーダーの資質を示す。背景には今日の「政治の劣化」や「礼節の欠如」があるといい、大切なものに人生をかける清廉潔白で人間力豊かな「人物」が不在と嘆く。
「人材と人物は違います。いまの日本ではすぐ役立つことに価値を置きますが、人物は効率から生まれない。人物を育むのは余裕。それは回り道や失敗体験を経ないと身につかない」。そして「人物には面白みがある。それは私にとって最も価値あるもの」とも。
一方、維新革命から1945年の敗戦までを「不幸の歴史」と語る。振り返れば、米国の外圧で開国し、富国強兵に邁進(まいしん)。戦争の連続で他国に侵略。日本人だけでも300万人超もの死者を生んだ。戦後もまた米国と共にある。
「歴史には原因と結果がある。いま必要なのは近現代史にきちんと向き合い、中国や韓国のような時間をかけた歴史教育です。他国に対し、過去を水に流す、は通用しませんから。そして敗者復活が可能な社会にしなければ」
来年は明治維新150周年。家近さんは繰り返す。「歴史は刻々と変化する。だから歴史を学ぶことが大事で、すべての教養の根本には歴史があるのです。とくに若い人には歴史を考えることの楽しさ、魅力的な人物を伝えたい」
(文・写真 依田彰)=朝日新聞2017年11月26日掲載
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