うつヌケ―うつトンネルを抜けた人たち [著]田中圭一
私が精神科医になって30年余、最も変わったのは、心の病を患った当事者たちが体験談を語るようになったことだ。それは精神科医が書く本などより何倍もの力で闘病中の人や家族を励まし、受診をためらう人の背中を押してくれる。
これまで爆笑パロディー作品を描いてきた著者も、実はうつ病当事者のひとり。本書では自分の話に加えて、学者やミュージシャンなど各界で活躍する当事者にも取材したうつ病経験談がマンガになっている。
本書がほかの体験記と大きく違うのは、うつ病の症状が強い時期を「うつトンネル」と称し、取り上げた人はみなすでにその「うつトンネルを抜けた人」だということだ。タイトルが「うつヌケ」なのはそういう意味。改善した人の話だからこそ、希望もあるし振り返りも的確だ。
多くの人の取材を重ねるうちに、著者はうつ病には法則があることに気づく。なりやすいのは「生真面目」「責任感が強い」人で、そこに「不向きな仕事を無理にがんばる」などの「うつトリガー」が加わると本格的にトンネルに入る、すなわち発症することになる。そして、十分な休養や治療ののち、「自分が必要とされている」「自分を好きになる」といったきっかけでトンネルを出ることになる、など。このあたり、専門家の私も納得の適切さとわかりやすさ。
たとえ有名人でもうつ病になるときはなる。なったらそれはとてもしんどい。でも、あせらずにきちんと治療を受ければ、必ず「うつヌケ」はできる。本書がベストセラーになり、このシンプルなメッセージに多くの人が勇気づけられたのは、本当に喜ばしいことだと思う。
※注意書き…この書評を読んで本書を手に取り、絵がマンガの神さま・手塚治虫そのものなので戸惑う方もいるかもしれません。著者は手塚氏をリスペクトするあまり、これまでもその画風で作品を描き続けてきた人なので、どうぞご安心の上、お楽しみください! (香山リカ=精神科医)
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KADOKAWA・1080円=7刷18万部
17年1月刊行。大槻ケンヂ氏、宮内悠介氏、内田樹氏ら17人に取材。40代以上の男性層から火がつき、現在は働く30〜40代女性に浸透中。=朝日新聞2017年5月7日掲載