- 『Aではない君と』 薬丸岳著 講談社文庫 842円
- 『ある奴隷少女に起こった出来事』 ハリエット・アン・ジェイコブズ著 堀越ゆき訳 新潮文庫 680円
- 『花の百名山』 田中澄江著 文春文庫 907円
(1)は、14歳の息子が同級生殺害の容疑で逮捕されるという衝撃的な事実をつきつけられる父親の葛藤を描いた一冊。少年犯罪をテーマにしたフィクションだが、加害者の家族に心理の中心が置かれることで深層の不安が刺激され、苦悶(くもん)が共有される。頑(かたく)なな少年の悲しみがあふれ出す後半は胸が熱くなった。
(2)は、約200年前のアメリカで奴隷として生まれた女性の、凄(すさ)まじい少女時代を綴(つづ)った手記である。奴隷制度があったという事実は知っていたが、一人の少女の目を通して追体験すると、その過酷さに圧倒される。倫理や人情が知性の上に宿る脆(もろ)いものであることを再認識し、襟を正される思いがした。
シビアな2冊を読んだ後、深呼吸をしたくなって手に取った(3)は、山で出会う可憐(かれん)な花々の記録である。高尾山のフクジュソウ、地蔵岳のアツモリソウ等(など)、百の山々に纏(まつわ)る歴史に思い出を重ね、記憶の風景の中に百の花々が咲く。詩情あふれる文章と繊細な花の画。ポケットに入れて持ち歩きたい。=朝日新聞2017年08月06日掲載