この季節は買い物に出かけると、つい松茸(まつたけ)の前で足を止めてしまう。
「ええなあ」と、夫が呟(つぶや)く。
「ええ匂いやね」
「国産、値段もええわ」
この場合の「ええ」は大阪弁で、驚きと諦めのニュアンスを含んでいる。
「カナダ産にしよ。さっき、綺麗(きれい)な鱧(はも)があったから、鍋、どう?」
「名残りの鱧やな」
夫はまたも「ええなあ」と、口の端を緩める。お店の人はやりとりを聞いてか、檜葉(ひば)敷きの籠を掌(てのひら)で示した。
「お味はやはり国産ですよ。今朝、入荷したばかりなんです」
外国産はおよそ、あられもなく笠を開いているものだが、国産は蕾(つぼみ)がすぼまって見目形が端正だ。松茸は鮮度が命であるので、輸送時間を考えても国産の風味が勝っているのは自明の理だ。
日本人は万葉の時代からこの茸(きのこ)を好んだらしく、朝廷への貢ぎ物も秋はまず松茸であったようだ。徳川の世になると、将軍家への献上品にもなった。
そういえば以前、大坂に赴任してきた役人が、大坂城代か町奉行だったか、ここぞとばかりに松茸を堪能し、それが因で頓死したという記録を読んだことがある。松茸の食べ過ぎで死ぬとは気の毒やら、少々可笑(おか)しいやら。
現代では、よほどのお大尽でなければ死ぬほど食することができない。赤松林が減っているのはむろん、里山が放置されているためだ。手入れが行き届かぬ赤松の根元には落葉や枯れ枝が溜(た)まり、それが養分となってしまう。すると松茸が生えなくなる。
赤松はそもそも痩せ土を好む樹木で、松茸菌を使って己の根に養分を運ばせている。しかし土が肥えれば難なく養分を自家調達できるので、松茸菌の出番が無くなるというわけだ。原始林ではなく「二次林」である里山では、落葉掻(おちばか)きなど人の手を前提とした植生になっているのである。
夫婦だけの晩餉(ばんしょう)であるので私たちは迷うことなくカナダ産で手を打ち、骨切りを済ませた鱧を購(あがな)った。
水を張った鍋に、昆布とお酒を多めに入れる。沸騰したら火を緩め、いよいよ松茸と鱧だ。最初はまず生醬油(きじょうゆ)でいただく。じつは松茸は笠の部分に匂い成分があるので、外国産でも香りは充分だ。
鍋の中をいったん空にして、壬生菜(みぶな)や三つ葉、豆腐、葛切りなどを沈める。具材は種類を抑える方が、メインを邪魔立てしないように思う。また鱧と松茸を入れ、今度は生醤油にすだち、ポン酢も愉(たの)しむ。〆は、卵を流し入れて雑炊に。浅葱(あさつき)を散らして、再び「いただきます」と手を合わせる。
胃袋で秋を招いて、その夜、久しぶりに万葉集を繙(ひもと)いてみた。=朝日新聞2017年10月14日掲載
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