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音楽に行き詰まった僕を救ってくれたカラ・パタールの旅

文・写真:藤巻亮太(上の写真は野口健の撮影)

 今年で38歳になるが、この連載を始めるにあたり、一番最初に紹介したいと思った本は、30代の僕に大きな影響を与えてくれた方の著書だ。アルピニスト野口健さんの『落ちこぼれてエベレスト』である。

 健さんとは雑誌の対談で出会い、そこから親交を深めている。時は2010年に遡るが、30歳の僕は20代を駆け抜けたバンドと音楽活動に行き詰まっていて、もはや何に悩んでいるのかさえ分からない、仏教用語的には「無明」の状態だった。そんなタイミングで彼は僕をネパールのヒマラヤ山脈、カラ・パタールという山(標高5545m)のトレッキングに連れ出してくれた。

エベレスト街道で一番大きな街のひとつ、ナムチェ・バザール(標高3440m)
エベレスト街道で一番大きな街のひとつ、ナムチェ・バザール(標高3440m)

 ルクラという山間の村にセスナ機で降り立ってから約2週間の行程で、初めて目にする圧倒的な大自然の中を村から村へひたすら歩く。最初は植生も豊かだが、標高が上がり、森林限界を越えると岩と雪と空だけの世界になる。生き物は我々だけだ。山頂から8000m級の山々を一望した時、生きていることの静かな感動があった。

 この登山は僕の人生の転機となる。歩くという単調行為の中でいつしか、日本で音楽活動をしている自分とヒマラヤを歩いている自分とが精神的に分離してくる感覚があった。音楽活動をしている自分と距離がとれたことで、客観的に自分の悩みが分かった気がした。この経験はその後のソロ活動を後押ししてくれた。

ディンボチェ(標高4350m)で。ヤクが勢いよく坂道を下ってくる。エベレスト街道で暮らす人々の生活は流通も開墾もヤクとともにある
ディンボチェ(標高4350m)で。ヤクが勢いよく坂道を下ってくる。エベレスト街道で暮らす人々の生活は流通も開墾もヤクとともにある

高地順応のためディンボチェからチュクン・リ(標高5550m)へ。空の「青」が「蒼」になっていく。宇宙が近くなってくる感じがする
高地順応のためディンボチェからチュクン・リ(標高5550m)へ。空の「青」が「蒼」になっていく。宇宙が近くなってくる感じがする

 そう、旅は心をオープンにさせる。健さんとはたくさん語り合った。様々な経験に裏打ちされたお話は知的で、どんな方面にも話題が尽きない。くだらない話も沢山したが、そこに圧倒的な人間力を感じ、当時の僕にはとても眩しかった。だが最近になって健さんに、そんな時期にも悩みごとがあったかを聞いてみると、その答えは「そりゃ色々あったさー」と。なるほど、この『落ちこぼれてエベレスト』を読めば、それは分かる。

 本には野口健さんの生い立ちから登山を始めるきっかけ、25歳の当時に世界最年少で7大陸最高峰を制覇したエベレスト登頂までのエピソードが様々紹介されている。登山家のマロリーはなぜ山に登るのかと聞かれ、「そこに山があるから」と答えたが、十分な動機が心に備わっていなかったら健さんも山には登っていなかったかもしれない、と思う。当時10代の健さんの心に鬱屈と渦巻いてたエネルギーが、登山との出会いによって世界に向けて開かれていく。この本の彼の様々な葛藤を、共感とともに読む読者の皆さんも多いかもしれない。その後、野口健さんはエベレストや富士山の清掃活動をおこない、社会に様々な問題提起をし、行動を起こしてゆく。その前へ進む行動力の原点もこの本の中にあるように思う。

この旅の目的地カラ・パタール。奥に見える黒い山がエベレスト。その存在感は圧倒的で、しばしその場に立ち尽くした
この旅の目的地カラ・パタール。奥に見える黒い山がエベレスト。その存在感は圧倒的で、しばしその場に立ち尽くした

 そして何より野口健さんを大きく変えたものも、植村直己さんの『青春を山に賭けて』という本なのである。人生の岐路で、人の生き方に大きく影響を与える本というものの力、また旅をすることで見つめる自分の新たな一面、そんな感覚を大切に、僕なりに月に一冊本を紹介してゆければと思う。液体だったものが沸点を迎え気化し、別の現象を現していくように、1冊の本がその人の内面にある未知のエネルギーの沸点を示唆し、昇華させるかもしれない。