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本多有香「犬と、走る」書評 一期一会大事に、人生を楽しむ

評者: 角幡唯介 / 朝⽇新聞掲載:2014年06月01日
犬と、走る 著者:本多 有香 出版社:集英社インターナショナル ジャンル:エッセイ・自伝・ノンフィクション

ISBN: 9784797672725
発売⽇: 2014/04/25
サイズ: 20cm/258p

犬と、走る [著]本多有香

 なまじっか著者と面識がないわけではないので、実は読む前はこの本の書評をするつもりはあまりなかった。でも読んでみて気が変わった。これはいい本だ。多くの人に紹介されるべき本である。

 本書は単身、カナダとアラスカにわたり犬ぞり師になった著者の半生をつづったものだ。見ず知らずの土地に飛び込み、あてもなく犬ぞりの師匠を求めて彷徨(さまよ)い歩き、無数のアルバイトで窮乏生活に耐え、40代になった女性のある種の冒険譚(たん)である。
 それだけに破天荒なエピソードには事欠かない。好きなビールを飲むためホームレスと宿を共にしたり、稼ぎがいいというだけでオーストラリアのトマト畑に飛んでいったりともう滅茶苦茶(めちゃくちゃ)。その原点について厳格な父の軛(くびき)から逃れて枠にとらわれない生き方をしたかったからだと書いているが、いくらなんでも枠にとらわれなさすぎである。
 でもこの本の読ませ所はそうした破天荒な逸話より一期一会をどこまでも大事にする著者の人柄にある。20年間の苦心の末、ついに彼女は目標の犬ぞりレースを完走する。もちろん苦労を楽しめるユーモア精神と行動力があったからだが、それだけでなく出会った人の好悪も含めてすべてを受け入れ、愛情と敬意をもって接する強さと優しさがあったからこそ、異国で、しかも女性一人でこんな生き方ができたのだ。要するにこんな恥ずかしい文章をぬけぬけと評者に書かせる不思議な力が、この本にはある。
 彼女は今もカナダの山奥の電気もない小さなキャビンで26匹の犬とともに暮らしている。なぜそんなことを?と問うのは愚問だと思わない。でも読んでも答えは見つからないだろう。わかるのは彼女が誰よりも人生を楽しんでいるということだけだ。
 私は彼女のファンになった。あなたもきっとファンになるだろう。こういう生き方は、素晴らしいと思う。
    ◇
 集英社インターナショナル・1944円/ほんだ・ゆか 72年生まれ。98年、犬ぞり師になるためカナダに渡る。