ソファに寝転んで本を読んでいると、カミさんがお茶を持ってきてくれた。
「何読んでるの?」
「んー? 織田作之助」
「面白いの?」
「面白いっていうか、味がね、あるんだよ。坂口安吾や太宰治のしょっぱい味つけに比べると、関西風でね。薄口だけど、奥深い。美味(おい)しいんだな」
「ふーん、よく分からないけど、そうなのね」
織田作之助は大阪の人である。しかも仕出屋の息子である。そのせいか、文章の中に何とも言えない関西落語の語り口のような軽妙さ、滑稽味が漂う。例えば代表作のひとつ「六白金星」の中に、こんな文章がある。
〈そして、この根性で向うと、なお嫌われているような気がして、いっそサバサバしたが、けれどもやはり子供心に悲しく、嫌われているのは頭が悪くて学校の出来ないせいだと、せっせと勉強してみても、しかし兄には追い付けず、兄の後(うしろ)でこが異様に飛び出ているのを見て、何か溜息つき、溜息つきながら寝るときまって空を飛ぶ夢、そして明け方には牛に頭を嚙(かじ)られる夢を見ているうちに、やがて十三になった。〉
これ、とんでもない文章である。真面目なんだかふざけているんだか。これを迷文と呼ぶ人もあろうが、私は名文だと思う。カミさんに読んで聞かせたら、げらげら笑って大ウケだった。私はちょっと嬉(うれ)しくなって、今度はこんなことを訊(き)いてみた。
「みたらしだんごって、どういう漢字をあてるか、分かる?」
「何よやぶからぼうね」
「いや、『アド・バルーン』ていう短編の中に出てくるんだよ。これがまた美味しそうな漢字でね」
「みたらしだんご? だんごは普通の団子でしょ?」
「みたらしは?」
「んーと、ちょっと待ってね」
カミさんはスマホを取り出して、検索し始めた。最近はもう、すぐこれだ、と私が呆(あき)れていると、
「えーと、御手洗? 違うわね」
「御手洗団子のどこが美味しそうなんだ!!」
「ちょっと待って。国語辞典で引いてみるから。みたらし……だめだわ。出てこない」
やった! と私は快哉(かいさい)を叫んだ。スマホに勝った、ような気がしたのである。偉いぞ織田作之助! カミさんに差し出したページにはこう書いてある。
〈おもちゃ屋の隣に今川焼があり、今川焼の隣は手品の種明し、行灯(あんどん)の中がぐるぐる廻るのは走馬灯(まわりあんど)で、虫売りの屋台の赤い行灯にも鈴虫、松虫、くつわ虫の絵が描かれ、虫売りの隣の蜜垂らし屋では蜜を掛けた祇園だんごを売っており、蜜垂らし屋の隣に何屋がある。〉=朝日新聞2018年6月16日掲載
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