『電話・睡眠・音楽』 [著]川勝徳重
表題作は第21回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品。女性がベッドで携帯をいじり、風呂に入り、眠る。髪形を整えて電車に乗り、雑居ビルの扉を開けばそこは絶え間なく音楽が流れる空間だ。静から動へ移行する彼女の時間が、磨かれた構図と説得力のあるコントラストで描かれる。それにしても我々が過ごす時間のなかで、ドラマとして顧みられることのない瞬間や、音や闇に埋没した刹那(せつな)的な瞬間のなんと多いことか――。とはいえ、ここに描かれているのは都会の空虚さや倦怠(けんたい)感、希薄な人間関係といったものだけではない。うたた寝から覚めた人々が活動を開始する朝の光と彼女の表情には、あっけらかんとした気高さが併存しており、そこには誰もがフラットに共有できるリアリティーがある。
本書は三つのパートからなる。ひとつは表題作を含む「アーバン・ブルース」のパート。もうひとつは変身譚(たん)のパート。ここでは龍になるため修行を積んだ末にウナギになった男を描いた「龍神抄」が印象に残った。原作付きのパートは、無残なのに滑稽な梅崎春生の「輪唱(三)」が素晴らしい。14編プラス作者による長めの解説がついた作品集。いずれの作品も妙味に富む。=朝日新聞2018年10月13日掲載