皇后の“積読本”として突如ジーヴスに注目が集まった。
美智子皇后が10月の誕生日に公務を離れた後の生活について聞かれた際の言葉である。
「読み出すとつい夢中になるため、これまで出来るだけ遠ざけていた探偵小説も、もう安心して手許(てもと)に置けます。ジーヴスも二、三冊待機しています。」
ジーヴスとは、英国の作家P・G・ウッドハウスのユーモア小説の主人公。美智子さまはこのシリーズのファンなのだ。
おっとりした性格の若き貴族のバーティの身の回りで起きるトラブルを、執事のジーヴスが機転と推理力で片付けていく。
ジーヴスの日本での知名度は低いが「英ではシャーロック・ホームズと同じくらい有名な存在」と指摘するのは、ジーヴス全集を刊行する国書刊行会の礒崎純一出版局長。この言葉以降、1000部単位での注文が入りてんてこ舞いとのこと。
美智子さまがジーヴスを取り上げた発言には、謎解き的な要素がいくつも含まれている。
エリザベス皇太后(現女王の母)がジーヴスの愛読者。来年美智子さまも皇太后になる。そこも意図した発言なのか?
またウッドハウスを“積読”するのは、読書家の常。英の作家ジョージ・オーウェル、日本の吉田健一らはジーヴスを多数所有しながら読み通してはいない(『比類なきジーヴス』訳者森村たまき氏のあとがき)。膨大なシリーズゆえに読みきれない、それもまた嗜(たしな)み?
そもそも本を「待機」させるという言い回し。これも「ジーヴスの作中に出てくる表現」(礒崎氏)だという。なるほど機転が利いた発言である。
「探偵小説」と結びつけた部分も慧眼(けいがん)。文春文庫の担当永嶋俊一郎氏は、オールドミステリファンが、クリスティーなどの作家に影響を与えた存在として行き当たるのがウッドハウスなのだと指摘。美智子さまはヴィンテージ・ミステリマニア?
以上、皇后発言を巡る深読み合戦の顛末(てんまつ)。謎は尽きない。
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岩永正勝・小山太一編訳、文春文庫・637円=15刷18万8千部、11年5月刊。「大胆不敵の巻」は12万4千部。国書刊行会の「ウッドハウス・コレクション」全14点のうち、『比類なきジーヴス』は10刷4万部に。=朝日新聞2018年12月8日掲載
「好書好日」掲載記事から