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「自分のため」から「人のため」のホッケーへ 男子ホッケー・大橋雅貴さん(後編)

文:福アニー、写真:有村蓮、競技写真の提供は公益社団法人日本ホッケー協会

>大橋さんがマンガ『鋼の錬金術師』の魅力を語る前編はこちら

きっかけは「人数不足」と「弟」だから

――ホッケーってアイスホッケーのイメージが強く、フィールドホッケーはレアなスポーツだと思っていて。野球やサッカーやバスケなどメジャーなスポーツに心揺れることもなく、ずっとホッケー一筋だったんですか?

 保育園の時に兄と一緒にサッカーやってて、小学生になったら絶対サッカー部に入ろうと思っていたんです。

――お好きな漫画『鋼の錬金術師』を読むきっかけを作ってくれるなど、大橋さんに影響を与えたお兄さんですね。

 はい。でも兄はメジャーなスポーツはやりたくないって、小学校では友達とホッケー部に入ったんですよ。そのあと人が足りなくて試合に出れないとなったので、兄の友達の弟と見学に行ったら、「お互い弟だし」ということで一緒に入ることになって(笑)サッカーも好きだったんですけど、7歳からホッケーをやり始めて、友達と遊び感覚で楽しくできるというので夢中になりましたね。

――栃木には小学生の時にもうホッケー部ってあるんですね!横浜生まれなのですが聞いたことがありませんでした。

 栃木にはスポーツ少年団がありますね。田舎は多いですけど、横浜のような都会はほぼないと思います。というのも、ホッケーコートを作るとなったら広い土地はもちろん、水を撒いてボールの滑りをよくしたり、転んだ時に摩擦を軽減して怪我をしないようにしたりする散水設備も必要になってくる。莫大なお金がかかるので、需要がなければ作られないんじゃないかな。

――なるほど。ホッケーを「遊び感覚」から「本腰入れてやっていこう」となったタイミングって覚えていますか?

 完全に切り替わったのは社会人になってからですかね。「自分のためのホッケー」から「人のためのホッケー」に変わったと言いますか。支えてくださってる方々に下手なプレーは見せられないですし、応援してもらってる分、優勝という結果で恩返ししたいって意識になりました。

 高校や大学の部活は自分の意志でやっていたところが大きくて。それが社会人でホッケーを続けるってなると、なかなか厳しいんです。女子はソニーやコカ・コーラ、グラクソ・スミスクラインのように大企業がチームを持っているので、選手の雇用や練習環境が整っている。反面男子は自分たちで就職先を探して、練習も仕事が終わった夜に集まれる人だけですることが多い。ありがたいことに自分が所属しているLIEBE栃木は2015年にできたばかりのチームで、メインスポンサーである北関東綜合警備保障に社員として受け入れてもらっているので、ホッケーも仕事も集中してできています。

――日本のホッケー事情、なぜ男子と女子でそんなに差があるんですか?

 国際大会での結果も影響してるのかなと思います。「さくらジャパン」(女子日本代表)は2004年のアテネオリンピックから4大会連続で出場していて、20年に控える東京大会で5大会連続なんです。「サムライジャパン」(男子日本代表)は1932年のロサンゼルス大会で銀メダルを獲得したものの、68年のメキシコシティー大会を最後に出場できていなくて。オリンピックに出るにはアジア大会で優勝するか、世界のリーグ戦の上位にいることが必須。女子は世界のリーグ戦でいつも滑り込んで連続出場、男子はアジア大会も世界のリーグ戦も思うような結果が出ず、オリンピックからすごい遠ざかっていました。

 それが2018年のアジア大会で、奇跡的に男女どちらも初優勝したんですよ!女子はメダルを取ってたんですけど、男子はメダルを取ったのも48年ぶりで。東京大会は開催国枠で出場が決まっていましたが、自力で決められたのは嬉しかったです。

アジア大会初優勝のターニングポイントは日韓戦

――アジア大会初優勝、それはどういったところが勝因だったと思いますか?

 「歴史に名を刻む」ってみんなで言ってたんですけど、チーム一丸となって戦えたのがよかったかなと思います。アジア大会初優勝の一因には、トーナメントの妙もあると思っていて。ホッケーはイギリス発祥のスポーツなので、アジアでもイギリス領だったインドがずば抜けて強いんですよ。そのあとパキスタン、マレーシア、韓国、日本と続く。日本はインドや韓国と同じAグループで、インド以外には勝ってたんですが、そのあとに勝たないと決勝トーナメントに行けない韓国戦が控えていて。韓国って結果によって兵役が免除されたりお金が結構出たりするので、本当に全力で来るんですよ。人生かかってるというか一生懸命の度合いが違う。そんな韓国にぎりぎりで競り勝ったのがターニングポイントになったかなと。

 決勝トーナメントではAグループ1位のインドとBグループ2位のマレーシアの試合は同点で、シュートアウト戦(サッカーのPKのようなもの)までもつれ込んで、マレーシアが勝ちました。日本はAグループ2位だったので、Bグループ1位のパキスタンと勝負。少し前まではインドとパキスタンが2強だったんですけど、最近は日本も遠征で勝てていたので、そんな自信もあって勝利しました。その時点で48年ぶりのメダル確定で嬉しかったですね。今までは銅メダルが最高だったみたいで、歴代1位になれたっていうことでチームも盛り上がってました。だけどここまで来たら優勝しかない!ってなり士気が高まりましたね。それで日本とマレーシアの決勝も最後の最後まですごい押されてて、残り十数秒くらいで劇的に追いついて。シュートアウト戦でなんとか勝つことができました。

――本当に劇的だったんですね!

 そうですね。それからアジア大会前に、福井と岐阜で2カ月みっちり合宿してたんですけど、真夏だったのでもう暑すぎて暑すぎて。それでインドネシアでの大会に臨んだら、試合が夜ということもあってめちゃくちゃ涼しくて動きやすくて(笑)。それも勝利の一因かもしれません。あと会社に入ることで、社内のホッケーに詳しくない方々もすごい応援してくれたので、いい結果を見せたかった。優勝はいろんな力が合わさったからこそだと思います。

 チームスポーツって、一人一人の力が相手より劣ってたとしても、みんなとの連携や協力でチームの強さがまったく変わってくるっていうところがおもしろいですよね。飛び抜けた人が一人いても勝てないので、コミュニケーションを取りつつ、時間をかけて強くしていくのが大切かなと思います。

――アジア大会初優勝のほかに、印象的な出来事は?

 いま社会人3年目なんですが、2年目の時、2017年の愛媛国体で栃木が福井とともに同率初優勝したことです。関東ブロックで優勝しないと本選には出場できないんですけど、関東は山梨と埼玉が強くて、栃木はずっと出れなかったんです。でもその予選で優勝して、14年ぶりに本選に出れることになって。いまは若い人が主体のチームですが、当時はLIEBE栃木ってなる前のチームからいるベテラン選手も多く在籍していて、そのなかで14年間ずっと挑み続けた人もいるので。学生として出る国体とはまた違った想いがあるんだなって思いました。所属先の会長も愛媛まで応援しに来てくださって、さらに優勝で締めくくれたので、とても心に残っています。

――初優勝が続いておめでたいです。しかも年代別すべての日本代表に選ばれたり、ホッケー日本リーグでは3年連続得点王と3年連続ベストイレブンにも選出されたりしていますよね。

 ディフェンスもフォワードも中盤も経験してる分、相手のプレイを予測して守備ができるから、うまくいってるんだと思います。「この人は素直だから見てるほう打ってくるな」「この人は技術あるし見てないところをわざと狙ってくるな」って分析しながらやってますね。

――順風満帆に見えますが、やめたい、あきらめたいと思ったことはないんですか。

 大学に行く時はすごい悩みました。全力でホッケーの道に進むか、高校は理系だったので就職も視野に入れて医療系に進むか。でも高校の同級生や顧問の先生に「ホッケーは続けたほうがいい」って背中を押されて、ホッケーで大学進学することを決めました。あと18歳以下の日本代表で韓国遠征に行った時に、当時の監督が買ってくれて、21歳以下にも推薦してくれたんです。自分はディフェンスが得意なので、一生懸命相手に食らいついて、しっかりボールを奪って、そこから攻めに転じられることを評価してくれたようで。それも励みになりましたね。

歴史に名を刻めるような結果を残したい

――学生時代、社会人、日本代表と、求められるホッケーや特性はそれぞれ違いますか?

 大学生では練習量もすごい多いし設備も充実してるので、体力やパワーに重きが置かれますね。社会人ではより頭を使ったホッケーになると言いますか、戦術理解やチーム力が必要になってくると思います。日本代表ではその両方が高いレベルで求められるのかなと。

――普段は北関東綜合警備保障で働きながら、LIEBE栃木と日本代表でホッケーをされています。大橋さんの1週間ってどんな感じなんですか?

 平日は県や市から委託されている施設の点検や清掃をしています。この前も栃木SCっていうサッカーチームのメインホームグラウンドである栃木県グリーンスタジアムに行きました。週2で夜2時間練習して、あとは自主練。最近は長距離を走ったり坂道をダッシュしたりすることが多いです。土日も半日は練習なので、1日オフはあんまりないですね。空いている時間は体のケアのために、マッサージしてもらいに行っています。

――ホッケーはボールの動きも攻守の切り替えもものすごい速いですよね。ホッケー初心者に向けて、魅力をアピールしてください。

 なんといっても球のスピードが速くて、迫力があるところですね。ビデオ審判もすっごいスロー再生しないと見えないくらい(笑)打つときはスティックの片面しか使えないので、繊細でありつつダイナミックさも楽しめると思います。あと半円のなかで守備側が反則するとペナルティコーナーっていうセットプレーになるんですが、そのシュートは得点チャンスなので見どころです。サッカーと似てるところもありつつ、オフサイドがない、半円のなかから入れないといけない、イエローカードとレッドカードのほかにグリーンカードもあるなどホッケー独自のルールも。

 スティックもすごい反ってたりまっすぐだったりくぼみがあったり、種類がいっぱいあるんですよ。スティックの加減を知らない子供は骨折などに注意が必要ですね。そういう意味では、がっちりプロテクトしてるゴールキーパーが一番安全かもしれない(笑)

――男子日本代表は世界ランキング18位です(2019年2月現在)。さらに上に行くには、個人としてもチームとしても、どういったところを強化していくべきだと思いますか?

 日本は世界と比べると、技術や戦術面はまだしも、フィジカル面が弱いかなと。海外の選手は体が大きくてパワーもあって、速く走れる。日本は持久力はあるけど、爆発的な瞬発力が劣ってると思います。たとえば球を強く打つ腕の力や相手よりも速くボールに飛びつく力をつけるために、代表合宿中も専属コーチのもと、ウェイトトレーニングをしています。あと遠征で海外に行く時、現地では町ぐるみで選手を育成している印象を受けるので、日本もどんどんそうなったらいいなと思います。

――最後に東京オリンピックに向けての意気込みを教えてください。88年ぶりのメダル、期待しています!

 自国開催ですし、自分がオリンピックに出るっていうのも夢ですし、多くの支援もいただいているので、なんとしてでもメンバーに選ばれて試合に出たいです。そして、しっかり歴史に名を刻めるような結果を残したいと思います。