象徴天皇制はどのように生まれ、どこに向かうのか――。天皇の代替わりを5月に控え、小説『箱の中の天皇』(河出書房新社)を刊行した作家の赤坂真理さんと、『天皇制と民主主義の昭和史』(人文書院)の著者で名古屋大大学院准教授の河西秀哉さんが対談した。
定義あいまい いま考えるべき時
『箱の中の天皇』は、主人公マリがマッカーサー連合国軍最高司令官が持つ本物の「箱」と偽物の「箱」をすり替えようとする。本物には天皇のたま(霊)が入っているらしく、失敗すると国が亡びる。2016年に天皇が退位の意向をにじませたビデオのお言葉も登場し、過去と現在が交錯する。
赤坂さんは執筆動機について、「『象徴』というのは不思議な言葉。誰がどんな意図で使ったのか考えたかった」と話した。象徴天皇制は憲法1条「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」に根拠を持つ。ただ、被災地訪問や植樹祭などの公的行為は、国会の召集などの国事行為と違って、憲法に明記されていない。
河西さんによると、戦後の米国側と日本の間で、象徴天皇制の中身をめぐる攻防があった。米国側が天皇の力をより小さくしようとしたのに対し、日本政府は「『象徴』の定義をあいまいにして解釈の余地を残し、後で色々できるようにした」という。
赤坂さんも「『象徴』とは空っぽの箱のようなもの」と指摘した。「軍国の象徴」にもなることはでき、中に入れたもの何にでもなるのが「象徴」ではないか。自身が望む「平和への祈り」を「箱」に入れ、国民に問うたのが今の天皇では、とみる。
一方、河西さんによると、終戦前後には、天皇制存続のために昭和天皇の「退位」を求める声があった。また、象徴天皇制を天皇制本来のあり方だとして支持する反応もあった。赤坂さんはこうした退位論や象徴をめぐる議論が過去にあったことを知り、「すごく安心し、救われた」と語った。
今の天皇は皇太子時代の1977年、歴史を学ぶうちに歴代天皇の思いが自分の体の中に「しみついてくる」と発言した。古代や中世の天皇が国民を意識していた例を出し、平和を求める国民感情と歴代天皇の思いを両立させているのが天皇の心情で、「天皇自身も自分を『箱』と思っているかもしれない」と河西さんは語った。
天皇が退位の意向をにじませたお言葉を、河西さんは「戦後の皇室人気の浮き沈みの中で、懸命に象徴天皇像を模索してきた自負心が表れていた」と分析。今年2月の在位30年を祝う式典で天皇は「(後の天皇が)象徴像を補い続けていってくれることを願う」と述べたが、これについて「今の時点で自分は完璧で、時代に応じて付加してほしいということ」と解説した。赤坂さんはビデオを「歴代天皇は時の権力に繰り返し利用されてきた。国民の前に出てきて『直訴』しようとした」とみる。
象徴天皇制は今後どうなるか。赤坂さんは皇太子と皇太子妃について「(今の天皇・皇后と)同じことを期待するのは酷」と指摘。河西さんも「空前の人気の中で次にあまり求めすぎてはいけない」と話した。赤坂さんは小説の中で主人公に「(象徴の内実を)天皇とも一緒に考え続ける」と語らせた。河西さんは「私たちは天皇が(ビデオを通して)投げたボールを受け止め、考えるべきタイミングにいる」とまとめた。
対談は朝日新聞東京本社読者ホールで行われ、約180人が来場した。(大内悟史)=朝日新聞2019年3月30日掲載