大澤真幸が読む
リーマン・ショック以降、本書が改めて注目されている。一九八〇年代以来グローバル経済を導いてきた新自由主義に対する根底的批判を、一九四〇年代前半に書かれた本書から読み取ることができるからだ。
ポラニーが問うているのは次のことだ。ヨーロッパの一九世紀は平和と繁栄の時代だった。ところが二〇世紀初頭に、突然世界大戦が勃発し、その後ファシズムが登場した。この大転換はどうして生じたのか。
答えの鍵は「自己調整的市場」にある。個人が自由に自己利益を追求しうる開放的市場は、価格調整のメカニズムを通じて自動的に最もよい状態を実現する……これが自己調整的市場のヴィジョンだ。こう解説すれば気づくだろう。これは現在の新自由主義の理想と同じだ、と。
自己調整的市場の擁護者は、これを人間にとって自然な状態であると見なしている。だが自己調整的市場に適合的な人間、つまり無限に物質的利益を追求し、合理的な取引性向をもつ人間(経済人〈ホモエコノミクス〉)は、はじめから存在しているわけではなく、様々な制度によって創(つく)られなければならない。本書では、産業革命期に、どのようにして自己調整的市場の理念をもつ社会が出現したかも説明される。
しかしポラニーの考えでは、自己調整的市場は空虚なユートピアだ。それは国家を通じて、不可能なことを無理やり実現しようとした。例えば人間の労働の商品化を。だから自己調整的市場は想定通りには動かない。そこで想定に合わせようと逆に国家が介入する。ここから列強諸国の保護主義が、そして世界大戦が帰結した。ファシズムは市場の混乱に抗して、自由を抑圧してでも社会の連帯(民族)を守ろうとする運動だった。
ファシズムへの大転換の究極の原因は、伝統社会から自己調整的市場社会への大転換にあった。ポラニーのこの診断が、現在の新自由主義にも当てはまるとすればどうだろうか。私たちは今、さらなる大転換の手前にいることになる。=朝日新聞2019年4月20日掲載