大学時代のある雨の日、電信柱の下にあった段ボール箱を開けたらネコがいて、これはもう仕方ないなって家に連れて帰った。ああいう時のネコのこちらを見つめる目はすごい力です。それでネコの本を読んでみようかなと手に取ったのが『ノラや』でした。
学校の先生だった百閒(ひゃっけん)さんが取り乱して、居なくなった飼い猫のことを考えると涙が止まらなくなるという情景が浮かんで、僕も電車で泣いてしまいました。大学生がハンカチ持って泣くなんて恥ずかしいですよ。
ネコについての本はいろいろありますが、気がつくとこの本に戻ってくる。なんでだろ? ネコってこんな動きするよねって、うなずく描写が多々あるのに加えて、人についてしっかり書かれているからじゃないかな。
旅行中もノラのことが頭から離れず、帰宅して玄関で靴も脱がずに泣き崩れたり、本当はすしが好きなんだけど、すしをみると卵焼きが好きだったノラのことを思い出してしまうから出前をやめたりとか、よくわかります。
映画「ねことじいちゃん」を撮っている時も『ノラや』が頭にありました。ネコとじいちゃんの関係とか、いなくなったときの心境とか。僕の中ではネコの名著です。そのまま映画化できるとしたら僕だけでしょう。
これまでに数万匹のネコに会っているのに、まだまだわからないことがたくさんあるなあといつも感じます。尽きない魅力が、仕事の原動力です。
最近、映画に出てくれた子役ネコとその兄弟(※上の写真)、2匹と暮らし始めました。ほれ込んだよそのネコとは違った、うちの子のよさがありますね。気持ちが豊かになります。(聞き手・久田貴志子 写真・相場郁朗)=朝日新聞2019年5月29日掲載