「令和」に込められた『万葉集』の一節
五月一日に新天皇が即位、「令和」という新しい時代の幕開けを迎えました。
「令和」の二文字は、『万葉集』にある以下の一節から「令」と「和」が取られました。
初春の令月にして 気淑(きよ)く風和(かぜやわら)ぎ 梅は鏡前(きょうぜん)の粉を披(ひら)き 蘭は珮後(はいご)の香を薫(かお)らす
これは大伴旅人(おおとものたびと)ら32首の「梅の花の歌」の序文です。「令月」とはもともとは陰暦の二月を指す言葉ですが、大伴旅人は日本の風土に照らして、一月と読み替えました。現代を生きる私たちにとっては「新しい時代が始まる初春の月」とでも言い換えられるでしょう。
これまで日本のすべての元号は漢籍(中国の古典)をもとに考えられてきました。「令和」は歴史上初めて、漢籍ではなく国書(日本の古典)からつけられた元号です。『万葉集』には知識階層だけでなく、防人、無名の庶民や農民の歌が数多く収録されています。私たちの身近なところで慎ましく暮らしていた人々の歌が改めて脚光を浴びているのは、実に素晴らしいことではないでしょうか。先日たまたまテレビを見ていたところ「万葉集を勉強してきた」とうれしそうに話す小さな男の子がいてびっくりしました。古典とは子どもから高齢者まで、老若男女誰もが親しめる人類の貴重な財産です。
令(うるわ)しく平和に生きる日本人の原点である『万葉集』が典拠となったということは、個人的にはまことに喜ばしいことだと思っています。
昭和以前の元号は天変地異に伴って替わったり、瑞祥を命名したり、過去への反省に立ってつけられています。いみじくも「平成」の30年4カ月、日本は一度も戦争をしませんでした。しかし災害に見舞われ、平成の世に懸命に守ってきた平和とは、まさに「令なる和」であり、私はこれこそを「うるわしき平和」と呼びたいのです。「明治」のような統治者のスローガンでもなく、現在の政治を改めて主権在民の世の中を作ろうという「大正」でもない。戦乱の世を治めて昭らかな和を作ろうという「昭和」でもない。今ある平和な世の中を、より美しいものとして築き上げていこうという「和」への働きかけが「令和」です。さらに言えば、「令和」は平和を希求する民衆の叫びとも言えるのではないでしょうか。
歴史を顧みれば、戦国時代や幕末など、乱世にこそ『万葉集』が支持され、流行した歴史があります。「平成」の終盤に東日本大震災や度重なる風水害に襲われた日本でこうして『万葉集』が脚光を浴びているのも、時代の必然と言えましょう。
庶民全体から愛される文化遺産である元号の伝統は、世界広しと言えど現存しているのは日本だけです。「令和」の始まりに立つ私たちは、今こそ新しい決意で、「令しき平和」な世界を築いていこうではありませんか。
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