「あの小説をたべたい」は、好書好日編集部が小説に登場するごはんやおやつを料理し、食べることで、その物語のエッセンスを取り込み、小説の世界観を皆さんと共有する記録です。
今回挑戦するのは、吉川英治『三国志』。正史ではなく、通俗小説として広まった『三国志演義』のさまざまな原本を参考に、吉川英治が物語を再構築した作品です。
中国・楼桑村(ろうそうそん)の青年、劉備は同志である関羽と張飛と義盟を結び、各地で民衆を苦しめる戝を討ち、天下泰平の世を築くことを誓い合います。
後漢末〜魏・蜀・呉の三国時代を舞台に、およそ百年に渡る治乱興亡の様をドラマチックに描いた歴史時代小説の大作です。
「干菜の牛酪煮」を食べる
文庫版全8巻に及ぶ長編の中で、序盤のハイライトともいえるのが第1巻で描かれている「桃園の誓い」。
前漢・景帝の玄孫という血を引き継ぎながらも、母と2人、百姓として蓆(むしろ)や簾などを作って生計を立てる劉備。
ある日、かつて自分を黄巾賊から救ってくれた豪傑・張飛と再会し、各地で人々を苦しめている黄巾賊を止めるべく、奮い立ちます。
後日、桃の花香る桃園にて、劉備は志を共にする関羽、張飛と義兄弟の誓いを立てることに。そんな3人の新たな門出を祝おうと、劉備の母は一生に一度のご馳走をこしらえます。
……豚の仔を丸ごと油で煮たのや、山羊の吸物の鍋や、干菜(かんさい)を牛酪(ぎゅうらく)で煮つけた物だの、年数のかかった漬物だのーー運ばれてくるごとに、三名は、その豪華な珍味の鉢や大皿に眼を奪われた。
これから大義を成さんとする3人が一致団結したこの宴。豪勢な料理の中から、手軽にできそうな「干菜を牛酪で煮つけた物」を作ってみました。
その字面からして、干した野菜を牛乳で煮たものと推測。中華料理でも見かける白菜のミルク煮がイメージに近そうです。
辞書で調べてみると、カブや大根などの葉を干したものが「干菜」とのこと。干すことで、長期保存が可能になったり、栄養やうま味もアップしたりするそうですが、今回はめでたい場に彩りを添えるべく、緑色が鮮やかな生のチンゲン菜を使ってみました。
一方の「牛酪」は、辞書によればバターのことのようですが、ファーストインスピレーションを信じて、牛乳で煮つけていきます。
こうして出来上がったのは、シャキッとした食感とほのかな甘みが意外とクセになる一品でした。
冷たいものばかりを口にしがちな夏、名将たちも力をもらったであろう優しい味で胃腸の疲れを癒してみてください。