二十数年前、ゴルバンゴル計画と呼ばれるプロジェクトがあった。
故開高健さんが言い出しっぺであったと思うが、モンゴルのどこかにあるチンギス・ハーンの墓を見つけ出そうというプロジェクトである。この計画の一部に、モンゴルの川をカヌーで下ろうというのがあって、野田知佑さんがその隊長であった。
これに、ぼくも混ぜてもらって、野田さんと一緒に、何度かモンゴルの川を下ったのである。
というのも、チンギス・ハーンの墓というのが、モンゴルを流れるヘルレン川、オノン川、トーラ川の源流域あたりであろうと考えられていて、それらの川をカヌーで下ったのである。モンゴル初のカヌーであったと思う。
当然、釣り竿(ざお)を持ってゆき、その川でイトウを釣るつもりであった。
「これがいいぜ」
と、モンゴルのガイドが渡してくれたルアーが、ネズミルアーであった。木の棒に、本物のネズミの皮を被(かぶ)せたもので、当然ながらネズミそっくりでたいへんに臭い。何尾かでかいイトウ――タイメン(アムールイトウ)を釣ったのだが、このルアーがタイメンにもっていかれてしまった。
「心配はいらん。これからルアーを取りにいこう、バク」
それで出向いたのが草原である。
四輪駆動車で広大な草原を走ると、あちこちにいるタルバガンというタヌキぐらいの動物が、駆けて自分の巣穴にもどってゆく。このタルバガン、正式名称はシベリアマーモットである。ま、巨大なるネズミである。そのタルバガンが飛び込んだ巣穴に、タンクに入れた水を注ぎ込んでゆくと、たまらずに飛び出してくる。
このタルバガンを捕らえて、料理をして食べたのである。皮を剥いで焼いて食べる。土地の人たちの食料なのだ。
味つけは岩塩というたいへんシンプルな料理なのだが、これがおいしかった。何しろ毎日毎日、肉と言えば羊の肉ばかりを食べていたので、十日もすると、羊の匂いが鼻について、他の肉が食べたかった時でもあった。
それで、このタルバガンを食べた後、その皮で木の棒を包み、ルアーを作って、さらにタイメンを釣ったのである。その十年後、またもや釣りとカヌーでモンゴルを訪れたのだが、その時には、あんなにあちこちにいたタルバガンがもうどこにもいない。車が近づくと、懸命に走って巣穴にもどってゆく、彼らの可愛い姿が見えないのだ。
それを問うと、ガイドが言った。
「ああ、タルバガンの肉はおいしいので、このあたりの人が、みんな捕って食べちゃったんだ」
うーん、複雑。肉はたいへんにおいしかったんだけどなあ。=朝日新聞2019年7月13日掲載