学生時代の終わり、生き方に悩んでいたとき、恩師に声をかけていただき、この本の序論をフランス語に翻訳する仕事を手伝うことになった。
その論文によれば、「直接性」とは、主客未分という禅的な境地や、祭りの時間にもなぞらえられ、エクスタシーの状態ともされる。だが、日常生活における「直接性」の露呈が、はっきり病理として述べられていることが重要だ。
著者は高名な精神医学者で、「あいだ」をめぐる思想家でもある。社会的な動物としての人間が、「あいだ」なくしては生きられない存在であること、それゆえ媒介された存在であることを裏返しに示しているのだ。メディア化された存在だと言ってもいいだろう。
にもかかわらず昨今、例えば、インターネットによる大量高速通信のせいか、また、「電子」と呼ばれながら物質を介していないかの如(ごと)く語られるせいか、人と人との間に「直接的な」ツナガリが生まれていると幻想されているようだ。また例えば、社会に「直接」役立つ研究をせよ、貢献をせよ、といったことが安易に口にされるように、「直接性」を求める言葉が蔓延(まんえん)している。
それは、「透明性」を求める(正当な部分もある)主張とも連続しているから、問題は難しいが、今はおく。
しかし、媒介され、間接的でしかありえないことをとことん思い知ったところから、ようやく人との関係も、世界との関係も成熟する。そして当然、書物というメディアも、出版や編集という営みもそうなのだ。あらためて肝に銘じたい。=朝日新聞2019年9月25日掲載
編集部一押し!
-
トピック 【プレゼント】柄谷行人さん最新作「私の謎 柄谷行人回想録」好書好日メルマガ読者10名様に PR by 講談社
-
-
となりの乗客 手洗いとは岡山駅 津村記久子 津村記久子
-
-
作家の読書道 嶋津輝さんの読んできた本たち 高2の夏休み「華岡青洲の妻」で踏み入った有吉佐和子沼(前編) 瀧井朝世
-
杉江松恋「日出る処のニューヒット」 蝉谷めぐ実「見えるか保己一」 知の巨人・塙保己一を美化せず、等身大の人物として描いた傑作評伝(第37回) 杉江松恋
-
わたしの大切な本 映画監督・山中瑶子さんの大切な本 「未熟は普通」絶望から開けた道 堀越理菜
-
谷原書店 【谷原店長のオススメ】長瀬ほのか「わざわざ書くほどのことだ」 対照的なふたり、軽妙なエッセイに 谷原章介
-
コラム 「海をわたる言葉 翻訳家ふたりの往復書簡」中江有里さん書評 出逢いの不思議が生んだもう一つの〝家族〟 PR by 集英社
-
トピック 【プレゼント】柄谷行人さん最新作「私の謎 柄谷行人回想録」好書好日メルマガ読者10名様に PR by 講談社
-
インタビュー 平石さなぎさん「ギアをあげて、風を鳴らして」インタビュー 描いてわかった「シスターフッド小説」の魅力 PR by 集英社
-
インタビュー 江國香織さん「外の世界の話を聞かせて」インタビュー 頭の風通し良く、気持ちさっぱり自由になって PR by 集英社
-
インタビュー 【サイン入り本プレゼント】一木けいさん「嵐の中で踊れ」インタビュー 避難所で起きた再生の群像劇 PR by NHK出版
-
インタビュー 湊かなえさん「暁星」インタビュー 作家として「言葉」に向き合い、新たな扉開いた PR by 双葉社