学生時代の終わり、生き方に悩んでいたとき、恩師に声をかけていただき、この本の序論をフランス語に翻訳する仕事を手伝うことになった。
その論文によれば、「直接性」とは、主客未分という禅的な境地や、祭りの時間にもなぞらえられ、エクスタシーの状態ともされる。だが、日常生活における「直接性」の露呈が、はっきり病理として述べられていることが重要だ。
著者は高名な精神医学者で、「あいだ」をめぐる思想家でもある。社会的な動物としての人間が、「あいだ」なくしては生きられない存在であること、それゆえ媒介された存在であることを裏返しに示しているのだ。メディア化された存在だと言ってもいいだろう。
にもかかわらず昨今、例えば、インターネットによる大量高速通信のせいか、また、「電子」と呼ばれながら物質を介していないかの如(ごと)く語られるせいか、人と人との間に「直接的な」ツナガリが生まれていると幻想されているようだ。また例えば、社会に「直接」役立つ研究をせよ、貢献をせよ、といったことが安易に口にされるように、「直接性」を求める言葉が蔓延(まんえん)している。
それは、「透明性」を求める(正当な部分もある)主張とも連続しているから、問題は難しいが、今はおく。
しかし、媒介され、間接的でしかありえないことをとことん思い知ったところから、ようやく人との関係も、世界との関係も成熟する。そして当然、書物というメディアも、出版や編集という営みもそうなのだ。あらためて肝に銘じたい。=朝日新聞2019年9月25日掲載
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