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『「誉れの子」と戦争』書評 遺児の悲しみさえ利用する国家

評者: 本田由紀 / 朝⽇新聞掲載:2019年09月28日
「誉れの子」と戦争 愛国プロパガンダと子どもたち 著者:斉藤利彦 出版社:中央公論新社 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784120052187
発売⽇: 2019/07/22
サイズ: 20cm/220p

「誉れの子」と戦争 愛国プロパガンダと子どもたち [著]斉藤利彦

 表紙に掲載されている、張り詰めた表情の少年は、「大東亜戦争」の戦没兵士の遺児の一人、八巻春夫さんである。当時「誉れの子」と呼ばれていた遺児らを全国から集め、靖国神社に参拝させる式典が、1939年から43年まで毎年開催されていた。本書が「社頭の対面」と呼ぶこの行事では、内閣総理大臣らによる訓示が行われ、皇后から「御紋菓」が下賜された。写真は、八巻さんが御紋菓をおしいただき「有難さの感涙にむせんだ」場面として、内閣情報局編輯「写真週報」に掲載された。
 本書の著者は、2017年に八巻さんを探し当て、聴き取りを行った。八巻さんが語ったのは、写真の頰に伝う涙が情報局担当官の指示で差した目薬によるものであること、それ以外の写真も職員が明白に演出していたということだった。「社頭の対面」と「誉れの子」らは、プロパガンダというべき情報操作の一環だったのである。
 長期化していた戦時下において、戦死者およびその遺族の数はうなぎ登りに増加していた。一家の大黒柱を失い困窮する遺族・遺児に対しては、一定の生活扶助や「学資補給」が行われていたが、その範囲や金額は厳格に定められており、遺族は厳しい生活に耐える他ない場合が多かった。
 にもかかわらず、国家は遺児らに対し、「お父様の名誉を汚さぬよう」「お国の為に尽くせよ」と求めた。のみならず、「社頭の対面」行事において遺児らが国家・天皇・軍に対して示した「感激」と「尽忠報国の精神」を華々しく報道することは、国民全体の「教化」の手段とみなされていたのである。
 70年以上を経た「誉れの子」らに著者が行ったアンケートには、(父の死で)「毎日さびしさで一杯でした」「無謀な戦争をしたと思います」という言葉が語られている。戦争する国家は子どもの悲しみさえ冷酷に利用する。この悲惨を二度と繰り返してはならない。
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 さいとう・としひこ 1953年生まれ。学習院大教授(教育学)。『作家太宰治の誕生』『試験と競争の学校史』など。