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馬と鹿と狼と 村上康成

 テレビの釣り番組で、体長二メートルにもなるタイメン(アムール・イトウ)を釣りに、モンゴルに行かせてもらったことがある。まさかのヒット! そしてプツリ。その雪辱の念で、足繁(しげ)く通うことになった。

 東部を流れるオノン川に沿って、モンゴル人と日本人総勢八人、車二台のキャラバンで、一週間のキャンプをした時のこと。食材をどうするか。以前の経験では、羊や山羊(やぎ)も最初のうちはいいのだが、脂なのか、水なのか、やがてお腹(なか)は、下り坂になる。

 じゃあ、馬肉はどうだということになり、是非にと。小さな村に立ち寄り、馬の解体小屋に連れられて入った。五体がちょうど捌(さば)かれたあとで、そのままの位置に並んでいた。ごくりと息を飲み、視点をはずせないままいると、どれがいい? と聞かれた。もっとも魂感のない右の太ももを指さし、担いで小屋を出た。

 大草原を川が悠々と流れる。川沿いには緑が芽吹いた河畔林。各々(おのおの)、テントを張って、今日の基地ができる。まずはモンゴルのウオッカ、アルヒで乾杯。クーッ、熱く喉(のど)を過ぎる。

 釣れた人も釣れなかった人も、キャンプの宴(うたげ)は幸せだ。たき火をして、肉を焼く。その馬肉を自分で食べたい分だけマイナイフで切り取る。それを切り出した枝に刺し、火にかざして焼く。

 それをとっておきのタレで食う。モンゴル出発直前に、北海道の空港で買ってきた山わさびの瓶詰を、醤油と混ぜてみた。まー、美味(うま)いこと、美味いこと! 普段塩で食べるモンゴルの人たちも、大喜び。ビールやアルヒが進む、進む。

 ある朝、名ハンターでもあるガイドが、鹿を一頭仕留めてきた。おもむろにポケットの中から、鹿のレバーを出すと、我先にとモンゴルの仲間たちが群がり、マイナイフで口に入れていた。ビタミン豊富なのだが、生温かくて、切った一センチで充分だった。

 ただ、このキャンプでひとつ気になっていたことは、狼の遠吠(とおぼ)えだった。毎日毎日、何十キロを移動してキャンプするものの、夕方になると必ず「ウオーン」と聞こえてくる。ずっとついてきているのだ。今宵(こよい)も香(かぐわ)しい煙が、草原から森に流れていく。

 最終日、残っていた馬と鹿の肉を大鍋で塩茹(しおゆ)でした。馬鹿のようにむさぼり、飲んだ。食べ物を放置したまま、車に戻すこともせず、一人、また一人と撃沈していった。

 朝、テントから這(は)い出すと、鍋には何もなかった。馬の大腿骨(だいたいこつ)までもが、きれいになくなっていた。テント場近くの湿った地面には、狼の足跡がいっぱい!! あわてて人数を数えてみた。
 …………やれやれ。=朝日新聞2019年10月19日掲載