1. HOME
  2. コラム
  3. 滝沢カレンの物語の一歩先へ
  4. 滝沢カレンの「砂の女」の一歩先へ

滝沢カレンの「砂の女」の一歩先へ

撮影:斎藤卓行

ある暑い夏の日。
昆虫探しに沸騰していた男、ヨシムネがいた。

新種の昆虫がないかを暑い夏だというのに毎日のように探す生活だった。
なかなか新種は現れず、明日から仕事だという夏の前日だった。

「いやぁ暑いな。今日も新種が見つからなかったらまた次の夏までお預けだな」とヨシムネは自分で決めていた。

その日は、降りたい駅を寝過ごしてしまい終点間際の駅でとっさに降りたヨシムネだった。
「来すぎたな。まぁでも草木がおおいし、なんか新種がある予感がするし、いいか」
ぼそっと自分の寝過ごしたことを気にしない発言をした。

その駅には人っ子1人おらず、駅員さんの姿すらなかった。
線路を見つめると暑さでゆらゆらとして見える。
灼熱を思いっきり吸い込んだ鉄の線路は見るからに暑そうだった。

風ひとつ吹かない駅。
静けさに響き渡るセミの鳴き声にヨシムネはぼっと見つめていた目線を起き直し、ワクワクし始めた。
「虫はきっとわんさかいるぞ」
ヨシムネは迷うことなく駅前の森に入っていった。

草木は嬉しくなるほどに緑感が強く、みずみずしく感じた。
森に入ると一気に駅にいたより気温は涼しさを運んだ。
シャキシャキとふむ葉っぱが生き生きとしている。

「こんなでっかい森があったなんて知らなかったなぁ。もっとはやくここを探索しておけばよかったよ」

ひとり後悔をする。
それくらい広い広い森だった。

ザクザク進んでいくと、そこに葉っぱにくるまってるかのような緑のワンピースを着た女性が間違いなくたっていた。

「こんな森に女性・・・・・・?」
ヨシムネは驚いた。
近付いて声をかけてみる。

「こんにちは」

振り返る女性は目がキリッとしていて、口元は小ぶりと鋭く美しい顔をしていた。
ヨシムネは全身に走る鳥肌を感じた。
(
なんだこの全身に走る電気のような感覚)
ヨシムネは胸の中で呟いた。

「こんにちは」
今にも消えそうな声でささやく。

「こんな森の中でお一人で何をされてるのですか?」
ヨシムネは女性に聞いた。

「あなたは?」

「私は新種の昆虫を探す毎日でして。こんな素敵な森があったなんて知らなかったのでワクワクしています」

「そうですか。この森いいですよね。広くて涼しくて私も大好きです」
本当に好きなのかというテンションの低さで発言した。

「よくこの森には来るのですか?」

女性はうつむきながら、「はい」とまたもや小声で答えた。
「私もついてっていいですか? 昆虫さがし」

「は、はい! つまらないくらい歩きますがそれでも良ければ!」

「ありがとうございます」

ヨシムネはうれしかった。
こんな運命的な出会いが待っているなんて考えてもなかったため、寝過ごした自分を心から褒めた。
そして2人で昆虫探しのためまたさらに森を進んでいった。

「あれ? おかしいな。方位磁石がここだと効かないなぁ。まいったな」

「ここ、磁気がおかしくなるんです。でも私、道を知ってるので大丈夫です」

「あ、そうなんですね。ありがとうございます、助かります」

ヨシムネはなんでこんな詳しいのか気になったがなんだか聞くことが躊躇してしまった。
その女は耳まで鋭く、そして昆虫に関してとんでもなく詳しかった。

「あ、あそこにオオクワガタがいます」

「え? なにかきこえるんですか?」

「あ、はい。耳がよくて」

ヨシムネには間違っても聞こえないが、その女は次々に20m先の昆虫の鳴き声まで聞き分けていた。

(なんかおかしい。この女性、もしかして昆虫を研究していたのかな。こんな詳しくて、こんな耳がいいならもっともっと活かせばいいのに)

ヨシムネは思い切って聞いてみた。
「なんか研究されていたんですか? 僕なんかよりすごく詳しいので、つい・・・・・・」

「私そう見えますか? ずっとこの森がすきで、よく居たから知ってるだけですよ。それだけです」

彼女がすっぱり遮断するので、なかなか話を踏み込めなかった。

「なるほど」
ヨシムネは疑問がおおかったが息を飲み言葉を沈めた。

女性が急にさささーと木の近くにいった。

ついていくヨシムネ。

「これ。ドロイトワシオウカネムシです。これは数が少なくてなかなか見つけられないと思いますよ。この森にしか現れない貴重なカネムシの種類です。是非研究してみてください」

「え?! そんな幻的な昆虫がいるんですか?」

そのカネムシは綺麗な緑をしていた。

絵:岡田千晶

「夜になるとその輝きがきれいな黄金色になります」

「へぇ! 聞いたこともみたこともないです。これは、大発見かもしれないな。ありがとうございます!!」

興奮をあらわにするヨシムネだった。

結局探索は、実に夏を全て取り返したくらい新種の昆虫を探すことができた。
見たことも聞いたこともない昆虫に目を光らせた。
中でもドロイトワシオウカネムシはヨシムネを大興奮させ、とんでもない発見でもあった。

「今日は本当に大収穫でした。ありがとうございます! こんな新種の昆虫みたことありませんでした」

「いいえ。そんなのお礼にもなりませんよ。お役に立ててよかったです」

日が暮れそうになった夕方。
女は森にある池の方に近づいた。

「そろそろ森から出ませんか? 日も暮れて来ましたし」
ヨシムネが女に放った。

「そうですね。ヨシムネさんここをまっすぐ歩いていけば森からでれます。私は後ろからついていきますので、ただただ直進してください」

「分かりました。じゃあ僕が先を歩きますね」

「はい」

これが、彼女と会話をした最後の言葉だった。

暗くなって来た森道を進むヨシムネ。
すぐに出口が見えて来た。

「あ、出口見えました! 帰りのが早いですね」と、安心したように声をかけ振り返るとそこは真っ暗な森で女の姿はなかった。

「え? あれ? おかしいな・・・・・・さっきまで気配はあったのに」

「おーい! おーい!」

名前も聞き忘れた為に、ただ叫び呼ぶことしかできない。

「まいったな」

だがヨシムネは自然に探すことはしなかった。
そして同時にものすごい睡魔に襲われたヨシムネだった。

.....

チュンチュン、チュン。
太陽の日差しが暑さを誘う。

「んんんー!」と目を覚ますと、自分のベッドの上にいた。

「え???」
「僕、どうやって帰ったんだ?」

ヨシムネは森から出てから記憶が一切なかった。
「え? 昨日のはまさか夢? いや夢なわけない。え? なんでだ? はっ! 昆虫たちは?!」

ベッドから飛び起き部屋中を探した。
すると昆虫がたくさん入った虫かごがリビングのダイニングテーブルにきちんと置いてあった。

「はぁぁ。よかった、行ったのは本当だったのか」
ヨシムネは消えた記憶を不安になりながらも、すぐさま研究所に虫かご片手に駆けつけた。

早速昨日発見した昆虫を研究室で見せると「お、おいヨシムネくん、このカネムシ、いったいどこで?」。

「えっと、駅のなまえはたしか・・・・・・砂の駅・・・・・・そうだ、砂の駅です」

「なんだ? その駅。もうとっくになくなった駅だぞ。砂の駅は」

「え?」

「あそこは降りる人が激減したらしくてな、20年前に廃棄駅になったぞ。そんなことよりヨシムネくん、これは大発見だぞ! 絶滅したと言われていた昆虫がまさかまだ日本にいたなんて!! こりゃ忙しくなるぞー!」

ヨシムネはポカンとつったっていた。

昆虫の発見より、なにより、砂の駅がないこと、そして自分の体験がもしかして夢だったのかということで頭がいっぱいだった。

でもあの女が教えてくれた昆虫はいまここにある。

ぐちゃぐちゃな現実がヨシムネを迷わした。

「僕が体験したのはなんだったんだろ」

「ん? なんか言ったか?」
博士が聞いた。

「いや昨日最後の昆虫採取の日で、たまたま寝過ごした駅で飛び込みで降りたら、そこは確かに砂の駅だったんです。そしたら立派な森があって・・・・・・で、女性に会ったんです。森の中で」

「森の中で女がいたのか? あの砂の駅の森っつったら出てこれないで有名な森だぞ。富士の樹海とまで言われるくらいなんだぞ。そこに女がいたなんてしんじられないな、暑さで変なもんでも見たんじゃないのか。いや〜そんなことよりこのカネムシはよくぞ捕まえて来てくれた!!!」

ヨシムネはドキッとした。

もしかしてあの女は人間ではなかったのでは?と思い出した。
博士に最後女はいなかったと言ったらその先の言葉が恐ろしく聞くことすらできなかった。

だが、その後改めてヨシムネはまた同じ森に行くために同じ電車に揺られていた。
終点間際の駅まで耐えたが、いくらたっても砂の駅という駅なんてなかった。

そして廃棄になった砂の駅を電車はサラッと通り過ぎた。

廃棄になったホームにはツルが伸びていて、草で埋もれていた。
もちろん人なんかいなかった。

だが、確かに茂るにも程があるほどに高く茂ったおっきな森があったのだ。
スローモーションのようにヨシムネは過ぎ去る駅とあの夏の日の思い出が脳を走った。

なぜあの女は、僕に幻のカネムシを見つけさせてくれたのか。

ヨシムネは幼い頃から昆虫好きで、道に腹を出してもがく昆虫なんかもしっかり葉っぱに移動させてあげていたりと、昆虫には愛を持って接して来た人だった。
その優しさと、新種の熱意を感じて現れた昆虫の妖精だったのではないかと、ヨシムネは自分に言い聞かせた。

「ありがとう、砂の女よ」

(編集部より)本当はこんな物語です! 

 砂丘へ昆虫採集に出かけた男が、一人の女の住む砂穴の家に閉じ込められます。日々砂かきにいそしむ、何を考えているのかわからない女を前に、男は様々な手段で脱出を試みますが、ひきとめる女と2人を監視している集落の人々によって果たせません。なぜこんな状況に陥ってしまったのか? 不条理な生活がドキュメンタリータッチに描かれ、良質なミステリーを読んでいる気分にさせられる作品です。

 珍しい虫を楽しそうに追いかけるカレンさん版の主人公は、不思議な森と不思議な女から無事日常へと戻ってきましたが、安部版の男はなかなか脱出できません。絶望的な気分になりながらも、砂丘にいる虫の採集を楽しんだり、かつての教師生活に思いを馳せたり、砂穴の生活に順応し始めていく男の行く末やいかに……。

 20数カ国語に訳された本作は、現代の寓話とも神話とも称され、20世紀の古典の一つになっています。