杉江松恋が薦める文庫この新刊!
- 『幽霊たちの不在証明』 朝永理人著 宝島社文庫 858円
- 『濱地健三郎の霊(くしび)なる事件簿』 有栖川有栖著 角川文庫 726円
- 『汚れた雪』 アントニオ・マンジーニ著 天野泰明訳 創元推理文庫 1210円
(1)第十八回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を獲得した著者のデビュー作だ。新人賞の応募作でこれほど謎解き小説としての骨格がしっかりしている作品は、実は珍しい。厖大(ぼうだい)な量の伏線を呈示(ていじ)して、八十ページ近い解決場面でそれを回収してみせる。著者の意気込みに感心した。
文化祭の最中に殺人事件が起きる。お化け屋敷で首吊(くびつ)り幽霊に扮していた高校生が、絞殺されたのだ。犯行当時は多数の関係者や入場者が居合わせていた。その証言を突き合わせていき、ここしかありえないという空白の時間を突き止める推理が鮮やかである。
(2)は、作者が新境地を拓(ひら)いた連作短篇(たんぺん)集だ。主人公の濱地健三郎は、心霊現象絡み事件のみを扱う探偵である。たとえば「見知らぬ女」で引き受けたのは、女の霊に夫が取り殺されるのではないか、と心配する妻からの依頼だ。話は毎回怪談風に始まるが、最後には必ず論理的な推理を交えた形で収束するところがおもしろい。各話で趣向が異なり、展開が読めない点も短篇集として評価したい。
(3)イタリア発の警察小説で、主人公のロッコ・スキャヴォーネは、ローマでやらかした失態のため、アルプス山麓(さんろく)の署に左遷されてきた人物だ。根っからの都会っ子の彼が、豪雪地帯で起きた事件を文句たらたら捜査することになる。ロッコは型破りの警察官で、しばしば唖然(あぜん)とするような行為に出る。その脱線に笑っていると、最後には意外なほどに堅固な謎解きが待っている。小粒ながらお薦めしたい良作だ。=朝日新聞2020年4月4日掲載