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つげ義春「ねじ式」 高校時代、目眩を感じ海へ 双葉社・染谷誠さん

 漫画の取材は面白い。相原コージ氏の動物格闘漫画の取材で、伊豆・熱川(あたがわ)のバナナワニ園を訪れた時のこと。ワニは嚙(か)みつく際、右回転か左回転をする。飼育員はそれぞれのワニがどちらの回転をするのか知っておく必要がある。万が一嚙まれた際、その方向に自分の体を回転させないと致命的なことになる。その回転のクセを知っていれば同じ方向に自分も転がりながら巨大な顎(あご)から抜け出すことができる、とバナナワニ園のスタッフの方が教えてくれた。取材し調べることでその漫画の面白みが増す。

 その「取材」に近い行為を初めて行ったのは高校生の時。一人、原付きバイクで千葉の太海(ふとみ)に行った。あのつげ義春の名作「ねじ式」の舞台を見たかったのだ。

 メメクラゲに主人公が刺されてからの摩訶(まか)不思議な展開。初めて読んだ時、目が眩(くら)むような思いがした。「シュール」な芸術に最初に触れた瞬間だった。実際の太海の海はごく普通の穏やかな海岸だった。でも執筆当時のつげ先生の脳内ではイマジネーションが炸裂(さくれつ)していたことだろう。

 その「ねじ式」を収録した単行本を一昨年刊行した。その御礼を述べるために初めてつげ先生と会うことができた。「ガロ」時代のこと、今の先生の生活などを穏やかに語ってくださる。「もう、漫画は描きません。毎日自転車でスーパーに買い物に行くのが楽しみで、のんびり暮らしています」

 あの高校生の時とつげ先生と対座している今の自分と……。長い年月が隔ててはいるが、同じ快い目眩(めまい)を感じた。=朝日新聞2020年4月8日掲載