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小田久郎「戦後詩壇私史」 血湧き肉躍る、回想記 思潮社・高木真史さん

 編集者をつくった本といわれて真っ先に思い浮かんだのは、小田久郎(きゅうろう)『戦後詩壇私史』だ。学生時代にジャック・ケルアックなどビート・ジェネレーションの本を読み漁(あさ)っていた私は、それらを多く出している「ビートの出版社」という気持ちで思潮社に入社したのだったが、すぐに日本の現代詩に惹(ひ)きこまれた。手探りで詩の編集に携わりはじめてから、幾度となく読み返してきたのがこの分厚い回想記だ。私にとっては、現代詩がどんな必然を辿(たど)ってきたのかを知る生きた教科書で、同時に、詩に関わる人々の人間くさいありようまでも描き出された、血湧き肉躍るというのも変だけれども、詩に賭ける編集者・出版人の生半可でない情熱の書だった。

 著者は1931年生まれ。56年に思潮社を立ち上げ、その3年後に「現代詩手帖(てちょう)」を創刊。前身にあたる「文章倶楽部」の投稿欄の選者を、鮎川信夫と、自分と同い年の谷川俊太郎に依頼したときにはまだ20代初めだった。ここから石原吉郎が登場してくるのは既に伝説的なエピソードだろう。以来数多(あまた)の詩人たちに伴走し、半世紀以上も詩と向きあい続けた著者は、本書でその時々の現場の息遣いを伝えつつ、戦後詩の展開を丹念に書き記している。

 引用を重ねて、主観を抑えた筆致で綴(つづ)られながら、神田神保町の同じ屋根の下で机を並べていた詩書出版の先達、昭森(しょうしん)社の森谷(もりや)均と書肆(しょし)ユリイカの伊達得夫を語るときに垣間見える「見果てぬ夢」には、これからの詩をどう考えるのかと、今も変わらず鼓舞される。=朝日新聞2020年5月20日掲載