東北の小さな街で3代続く幸本書店。街に残った最後の本屋は、けれども店主・幸本笑門(えもん)の突然の死により、あまりにも唐突にその歴史を閉じることになる。閉店を前に、故人と書店の思い出を偲(しの)ぶフェアが企画され、準備に忙しいアルバイトの円谷水海(みなみ)の前に、亡くなった笑門から書店の本のすべてを託されたと語る少年・榎木むすぶが現れる。高校生の彼は「本と話ができる」と言い、坂口安吾「夜長姫と耳男」のヒロイン夜長姫と「会話」する変人だった。
著者の野村美月は、本への深い愛がこめられた作風で知られる。「本が好き」なあまり、書物や原稿用紙を文字通りそのまま食べてしまう「文学少女」の先輩と学生作家の少年を主人公に、劇場アニメにもなった学園ビブリオミステリー「“文学少女”」シリーズ(ファミ通文庫・全16巻)や、「源氏物語」を下敷きにした「ヒカルが地球にいたころ……」シリーズなどがある。本書「むすぶと本。『さいごの本やさん』の長い長い終わり」は、実に4年ぶりとなる待望の新作である。
古今の名著を題材にしたミステリーという形式は著者の十八番だが、本書では、舞台が学園から半世紀以上の歴史を持つ街の書店となったことで、さらに幅広い人々の人生が描かれている。街で身を立てた者、成功者となって街を後にした者、東京で挫折を味わった者。閉店を知って幸本書店を訪れた人々の過去を、むすぶと本が解き明かす。彼らの物語は、時に、笑門の父や祖父の代にまで遡(さかのぼ)り、あるいはいまだ爪痕を残す震災の記憶を蘇(よみがえ)らせる。本と人、人と人が出会い、人々の人生に寄り添ってきた書店。だが現実においても、街から書店は少しずつ、けれど確実に数を減らしている。本書は、消えゆく運命にあるのかもしれない街の本屋さんや紙の本すべてに向けた、賛歌であり追悼曲なのだろう。本を愛してやまない著者が書くからこそ胸を打つ、書店のおわりについての物語だ。
なお、本書と同時にファミ通文庫からは「むすぶと本。『外科室』の一途」も刊行された。こちらは榎木むすぶを主人公にした著者らしい学園ものだ。本書では出番の少なかった夜長姫も、その嫉妬深さを全開にしてメインヒロインしているので、ぜひ、2冊一緒に手にとってほしい。=朝日新聞2020年9月19日掲載