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「サブリナとコリーナ」 米南西部に脈打つチカーナの魂 朝日新聞書評から

評者: 温又柔 / 朝⽇新聞掲載:2020年10月10日
サブリナとコリーナ (CREST BOOKS) 著者:カリ・ファハルド=アンスタイン 出版社:新潮社 ジャンル:小説

ISBN: 9784105901677
発売⽇: 2020/08/27
サイズ: 20cm/287p

サブリナとコリーナ [著]カリ・ファハルド=アンスタイン

 86年生まれ、カリ・ファハルド=アンスタイン。アメリカはコロラド州、デンバー育ちのチカーナことメキシコ系アメリカ人である。
 デンバーの人口の3割以上はヒスパニック、ラティンクス、アメリカ先住民。再開発によって元の住民を追いやるように次々と建てられる「数百万ドルの高級分譲アパート」に住む裕福な白人たちと、古くからこの町で暮らしてきた人たちが交わることはあまりない。
 「ひとつの場所にふたつの世界があるのだ」
 遠からず、ここにいた自分たちのことを、誰もが忘れるだろう。デンバーとその周辺を故郷と呼んできた一族の女たちの物語が書きたかった、とファハルド=アンスタインは言う。
 本書は彼女のデビュー作。11の短篇小説の語り手は、全員、女性。ただし、下は小学生、上は八十代くらいと年齢層の幅は広く、それぞれの個人史によって照射される町はその暗い部分も含めて、実に豊かだ。
 「わたしは歴史が好きだったことなんてない」
 しかし、アメリカ南西部の歴史は、「混血のチカーナ」である彼女(たち)をとおして、否応(いやおう)なくあらわれてしまう。
 頭上で、国境線が移動するという経験をした人々を祖先に持つ、アメリカがアメリカになる前から、ここにいた人々の末裔(まつえい)たち……作家が生まれるずっと前から南西部で暮らしてきた彼女の同胞たちの「不滅の魂」は、「温かく脈動する動物の心臓」のように、彼女が描く女たちの中で確実に脈打っている。
 一方で、自分たちの歴史に無関心でいられる「インディアンやスペイン系のきれいな女の子が好み」の白人の男たちはあいかわらず、サブリナのような黒髪の女に群がる。
 「あたしたちはね、クズ同然に見られてんの」
 ちがう。クズなのは、サブリナをそのように扱う「大きくて背の高いアメリカの男」たちと、彼らが牛耳るこの世界のほうだ。
 恥じるな。生まれたからには、生き延びろ。
 「わたしたちはみんな深く愛される価値がある」という信念に支えられながら、自分たちがここにいたことを決して忘れさせまいとデンバーの人々を描く作家の筆致は、冴え冴えと明るい。
 ひとつの場所に同時に存在しつつも、蔑(ないがし)ろにされる側の世界に連なる歴史の、まぎれもない「現在地」で毅然(きぜん)と輝く本書は、今日も不均衡なこの世界が、ほんの少しでいいからもっとましになっている明日を望むすべての「わたしたち」を奮い立たせる。
    ◇
 Kali Fajardo-Anstine 1986年生まれ。創作を教えながら雑誌に短編小説を寄稿。デビュー作となる本書でデンバー市長芸術文化賞。ストーリー賞、PEN/ビンガム賞、全米図書賞の最終候補作にもなった。